0063『昇竜祭』武闘大会22(2121字)
シトカがさらに近づいてきて、反発する磁石のよう後退したコロコ。その背中がフェンスに触れた。これ以上は逃げられない、か――
彼女はそう考えて、不意におかしくなる。何が「これ以上は逃げられない」よ。私は試合をしにきたんだもの。逃げるいっぽうで勝利できるはずもない。
コロコは左右の篭手を打ち合わせた。その重たい金属音で、全身の神経を完全に目覚めさせる。逃げるのはここまで。こちらから攻めてやる。
「はあっ!」
気合い声を放ち、コロコは右斜め前に跳躍した。シトカは追いかけるように右の袈裟斬りを放つ。それを待っていたコロコは素早く上げた左の篭手で受け止め、着地と同時に左へ払いのける。そして迅速に襲いかかった。片手半剣の勢いを完全に削いだ。そう見たうえでの突撃だった。
だが……
「ブラボー!」
シトカは柄頭を左手で押さえ、てこの要領で片手半剣を斬り上げた。それはコロコの左脇腹を切り裂く。
「ぐっ……!」
激痛のあまりコロコの右拳が鈍った。それはシトカの左側面をとらえるが、さっきとは比較にならないほどその勢いは減じている。それでも体重は乗っていた。
コロコはシトカを殴り倒す。だが追撃にはいけなかった。それほど左脇腹の痛みは酷かったのだ。
シトカは転がり、起き上がった。口のなかを切ったらしく、口角から血をしたたらせる。
大観衆が総立ちでこの戦いに歓声を飛ばした。太陽の輝きにも似た熱気が会場を支配している。
痛打を浴びた、というほどではなかったシトカは、弱るコロコに上から目線で忠告した。
「ブラボー。降参したまえ、きみ。その傷ではもう僕には勝てない。ここはあきらめのよいところを見せて……」
「冗談じゃない」
コロコは左脇腹を手で押さえ、そこから流れる朱色の液体を押しとどめる。
「私はまだ降参しないよ。出し物が残ってるから」
夢幻流の奥義を使うときがきた。といっても、これは相手の剣撃によるところが大きい。ただこう述べるだけで、それなりの脅威を相手に感じさせることはできるだろう。
「ブラボー! それではその出し物とやらを見せてもらおう」
シトカは慎重に片手半剣を正眼に構えた。剣の切っ先がコロコに無言の威を与えてくる。
コロコは上半身を限界まで抑えた。ほぼしゃがんでいるのと同じだ。それを見たシトカは、
――低すぎる。
そう思った。まるで斬り伏せてくれ、と言っているのも同じだ。おそらくはこちらの先手を篭手で押さえての、もういっぽうによる拳打であろうが……それにしてはあれは低すぎる。狙いは僕の膝頭だろうか。
ありうる。まともな攻防を行なうには、脇腹の傷が深すぎるのだろう。シトカは腹を決めた。
襲いかかってきたコロコを待って、真正面から斬り伏せる。殺すとこちらも敗退となってしまうから、彼女の右肩を切り裂こう。それで僕の足を潰す算段は消え失せるはずだった。決心が着くと、晴れやかな気持ちになる。
「ブラボー。来たまえ」
コロコは左足で地面を踏みにじる。体中の毛を逆巻き、直後に爆発したように突進した。
速い! シトカはその速度に驚嘆しながら、片手半剣を振り下ろした。目標をたがえることない、正確無比な剣だった。
だが――
「何っ!?」
コロコは両腕の篭手を交差させ、頭上に差し出し、その中央でシトカの片手半剣を受け止めたのだ。着地した『夢幻流武闘家』は、すぐさま体をのけ反らせて『技巧派剣士』を引っ張り込む。
直後、コロコの強烈な蹴りが、シトカのみぞおちに深々と決まっていた。
「うがあっ!!」
シトカは白目をむいて、コロコの脇に前のめりに倒れる。そのまま動かなくなった。
コロコは息を切らしながらシトカを見下ろす。夢幻流奥義『無刀取り』。うまくいった。
主審がシトカの意識を確認し、両手を交差して審判団を呼ぶ。そして叫んだ。
「2回戦第3試合、勝者、コロコ!」
うわあっ、という大歓声が、星々をその座から吹き飛ばすかのような勢いで破裂する。コロコの勝利はそれほどの衝撃をもって満場に迎えられていた。
審判団がシトカとコロコの傷を回復魔法で癒やす。コロコは立ち上がった。
勝てた。私が、ゴルを退けたシトカに……! じわじわ嬉しさがこみ上げてくる。
シトカが意識を取り戻し、呆然と両膝立ちして周囲を見渡した。
「負けたのか。僕は……」
コロコを見上げて苦笑する。仕方なさそうだった。
「ブラボー! どうやら亡き妻の墓前には、まだまだいい報告はできなさそうだ」
「強かったよ、シトカ」
コロコの差し伸べた手をやんわり拒否し、52歳は身を起こした。
「敗者には敗者の美学がある。きみ、優勝したまえよ」
そう言ってシトカはコロコとともに、正門へと歩き出した。
「やったーっ! コロコさんが勝ちましたーっ!」
ラグネはあふれる涙を抑え切れなかった。凄い。準決勝進出だ。『傭兵戦士』仮面のハルドさんや、『疾風剣士』クローゴさんと同じ、ベスト4だ!
ボンボも泣いていた。ラグネ以上にコロコと長い付き合いの彼だ。パーティーメンバーの晴れやかな姿に、思うところもあるのだろう。
「おいら、おいら……嬉しくって……!」
号泣するふたりの頭を、真んなかに座るチャムが両手で撫でてあげる。
「ふたりとも、そんな泣かないで……。涙はコロコさんが優勝するまで取っておきましょうよ」