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0062『昇竜祭』武闘大会21(2295字)

「始め!」


 両者は身構えた。ヨコラとチャムのパーティー仲間であるゴルを、1回戦で絞め落として敗退させたのがシトカだ。コロコは自然、その仇討ちを狙うこととなる。もちろんそれが戦意に占める割合はごくわずかだ。コロコは純粋に、シトカと力比べがしたいと願っていた。


 そのコロコのまなざしに、シトカが片手半剣を右に構えながら微笑する。


「ブラボー。僕に娘がいれば、きみのような立派な武闘家に育てていたところだ」


「結婚してるの?」


「かつては、ね」


「別れたのね」


「死別したんだ」


 コロコははっとした。シトカはそのしわ深い目もとをゆるませる。


「僕は彼女が生きているうちに、この『昇竜祭』武闘大会の優勝者としての勇姿を見せたかった。それがかなわなくなった今、せめて追悼の意味も込めて、墓前にいい報告をしてやりたい……」


 シトカは地を蹴って踏み出した。


「それが僕の戦う理由だ。食らえっ!」


『技巧派剣士』の剣が白光の軌跡を宙に描く。それは『夢幻流武闘家』の篭手(こて)に衝突して火花と散った。受けたものは衝撃の激しさに足裏で地面を削る。


 1回戦の『戦闘民族の長』ホラフは手っ甲を装備して殴ってきた。これに比して、シトカの片手半剣は倍以上の威力を誇っている。コロコは丈夫な篭手をくれたボンボとハルドに感謝した。


「ブラボー! 大した強度だ」


 シトカの目が餓狼のようにぎらつき、その左足が矢のように飛ぶ。コロコはこの蹴撃を予測できず、ふくらはぎの側面をしたたかに打たれた。


「ぐっ!」


 かなりの痛打だ。激痛が神経をのぼって背中を駆け巡る。コロコは奥歯を噛み締めてこれに耐えた。


 攻撃されるばかりではない。コロコはそんなレベルの選手ではなかった。すかさず右の拳が石つぶての速さですっ飛んでいく。シトカの左目辺りに炸裂し、鉄の篭手が眼窩(がんか)をえぐった。


「う……っ!」


 シトカがうめきつつ、風をまいて後方へ跳ぶ。まぶたが切れて出血していた。


「ブラボー! いい反応だ。そうでなくてはね」


 自分の鮮血を指でぬぐい、シトカはそう強がる。地に足着いた攻防に、客席は歓声の乱気流を吹き上げた。


「すげえぞ、今のやり取り!」


「どっちも互角だな!」


「こりゃ楽しみになってきたぞ!」


 無責任な意見が飛び交うなか、当の両雄は再び構える。


 コロコは考えていた。私が戦う意味って何だろう? 『魔法剣士』ヨコラから、大会優勝賞金が5000万カネーという高額だと聞かされたから? それはある。だからこそ、私は大会出場を決めたのだから。


 でも予選を勝ち抜き、本選でいろいろな戦いを観て、自分自身も試合をして……。確実に、私のなかで何かが変わってきた。それが何なのかはいまだに分からない。このわだかまったものは、優勝することで正体をはっきりしてくれるのだろうか……


 コロコとシトカは同時に敵手へ迫った。シトカは両手で(つか)を握り、再び右からの一閃である。しかしコロコの踏み込みが速かった。片手半剣を左の篭手で叩いて剣閃を除去し、右の拳を再び叩き込もうとする。


「ブラボー! しかし甘い!」


 コロコの眼前からシトカの上体が消失した。いや、違う。


「これは……!」


 リンボーダンスを踊っているかのような、限界すれすれののけ反り。『怪力戦士』ゴル戦で見せたあのスウェーが、またも相手の攻撃を()らしたのだ。


 コロコのパンチを空振りさせたシトカは、そこから右回りに半回転する。螺旋(らせん)を描いて遠心力を乗せた一刀が、コロコの伸びきった右腕を切断しようとした。


 これは逃げられない――誰もがそう思っただろう。しかし、『夢幻流武闘家』は余人(よじん)が想像もつかぬ術でこれを回避した。


 そう、彼女は勢いを殺さずそのまま前方へ跳躍し、シトカを飛び越えたのだ。後ろ足のつま先と、片手半剣とは、まさに紙一重で接触せずに終わる。コロコは前転して着地し、すかさず振り返った。シトカは空振りに終わった一撃を惜しむように、自身の片手半剣の刀身を眺めている。


 やがて、コロコに目を向けた。頬をほころばせる。


「ブラボー! あえてきみを先に踏み込ませたんだが、ここまで見事にかわされるとは思わなかったよ」


 コロコは背中に冷や汗を流していた。なるほど、確かに『技巧派剣士』と呼ばれるだけの選手だ。その攻撃はひと癖もふた癖もある。


 だけど私もついていけている。その自信が源泉のように、彼女の胸中に湧き起こっていた。できれば何とか押し返して勝利したい。そう欲もかいてしまう。


 場内は割れんばかりの大歓声に包まれていた。といっても、今の刹那(せつな)の攻防をどれだけの観客が理解しえただろう。取りあえず自分の賭けた選手が深手を負わなかった。そのことに安堵しているようなため息も、あちこちから聞こえてきている。


 シトカはそうした周囲の反応に一切感応しなかった。


「こうなれば正攻法でいこうかな。ブラボー」


 今度は八双に剣を立たせ、すり足でコロコへ近づいていく。一分の隙もないその姿に、コロコは右斜め後ろへとじりじり下がっていった。


 単純に考えれば、シトカの片手半剣とコロコの篭手とでは、前者のほうが圧倒的にリーチが長い。シトカは射程内ぎりぎりでコロコをとらえればよかった。いっぽうコロコは剣をかわしてふところに飛び込まねば、勝機をつかむことはできない。


 シトカは今までコロコの土俵に乗ってきたが、今度はこちらの土俵で勝負しろといっているのだ。コロコが汗をかいているのは、広場のへいに掲げられたたいまつへと近づいたからだけではない。


 コロコは攻めあぐねた。どう攻撃しても、シトカの剣に斬られるイメージしか思い浮かばない。


「ブラボー。いろいろ想像しているようだね。でも、それらが無益な徒労に終わることを、僕が証明してみせよう」

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