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0061『昇竜祭』武闘大会20(2234字)

 しかし、彼は足だけでなく全身が素早かった。


「甘い!」


 ヨコラの渾身(こんしん)の斬り上げを、クローゴはとっさに真下に下ろした左の剣で叩き伏せる。これでヨコラは死んだも同然のはずだった。玄人(くろうと)が100人いれば100人がそう見ただろう。


 クローゴの右の剣がヨコラの左腕を斬り落とすべく躍動した。これを受ければ、さしもの『魔法剣士』も敗北を認めざるを得ない。


 しかし。


「何っ!?」


 ヨコラの腰に()かれていた(さや)が、彼女の左手で押さえられ、筒先が半円を描いて回り込んだ。それはクローゴの右の剣に対し、ちょうど盾のようになる。もちろんポプラ材に麻布(あさぬの)を巻きつけただけの鞘だ。防御力は低く、事実クローゴの剣はそれを切り裂き、ヨコラの左腕に到達した。


「くっ……!」


 しかし鞘は確かに緩衝(かんしょう)材となる。ヨコラの左腕は深くえぐられただけで、斬り落とされずに済んだ。それでも真っ赤な鮮血が噴き出し、ヨコラは目まいがするような激痛に襲われる。それが戦意を削ぎ落とす前に、彼女は押さえられた長剣を逆手持ちに切り替えて、アッパーカットのようにクローゴを斬り上げた。


「ぐあぁっ!」


 クローゴの顎に赤い斜線が走った。その美麗な顔が激痛にゆがみ、噴き上がる血潮が胸元を濡らす。


 ヨコラはしくじった。本来ならば、今の一撃でクローゴの胸から喉を斬り裂き、勝利をつかまなければならなかった。だがクローゴの獣のような闘争本能は、彼を瞬間のけ反らせ、致命傷を回避させたのだ。


「奥義……」


 クローゴの両目が光った、ような気がした。


「『竜巻斬り』!」


 クローゴがふわりと跳び上がり、回転しながら双剣を台風のように走らせる。ヨコラはその暴風を、逆手のまま長剣で受け止めようとした。だがそれは失敗する。


「きゃあっ!」


 長剣は、まるで昨日のルルン戦のように、根元で折れてしまったのだ。それはまるで、ヨコラの勝利への道を閉ざしたような、象徴的出来事となった。


 ヨコラは吹っ飛ばされて地面を転がる。大観衆がわっと盛り上がった。ヨコラは起き直ると、とっさに折れた長剣の刀身を探す。しかしそれは、クローゴの足の下に踏みつけられていた。


「剣は根元に刃がついていないから、そこを握ればまだ戦える、ということか? 素晴らしいよ、お前。見事な精神だ。だが、これで終わりだ」


 クローゴは自分の背後に刀身を蹴った。万事が休した瞬間だった。


「これで僕の勝利を認めないなら、今の賞賛は撤回しよう。どうする?」


 ヨコラはがっくりとうなだれた。


「――まいった。降参だ」


 主審がここぞとばかりに大声を張り上げる。


「2回戦第2試合、勝者、クローゴ!」


 大観衆は雷が百遍(ひゃっぺん)ぐらい落ちたかのような騒ぎようだった。審判団に回復魔法による治療を受けたヨコラは、ようやく立ち上がる。そこへ、同じく治癒されたクローゴが話しかけてきた。


「やっぱりお前は素晴らしいよ。改めて、どうだい? 僕の妻となるのは」


 ヨコラは観客席の一点を見つめる。そこには泣いて悔しがるゴルの姿があった。思わず噴き出す。お前が泣いてどうするんだよ、馬鹿だなぁ。


「さっきも言ったように、先客がいるんでな。まだ何の取り決めもない先客だけど……。悪いが辞退させてもらうよ」


 クローゴは軽く肩をすくめると、正門へと大股に歩み始めた。




「ヨコラさん、負けちゃいましたね」


 僧侶ラグネががっくり肩を落とす。せっかく仲良くなれた友達だし、ぜひとも勝ってほしかったけど……やっぱり前回優勝者の壁は厚かったのかな。


「チャム、泣くなよ……」


 魔物使いボンボが賢者チャムをなだめる。彼女は子供のように泣きじゃくっていた。


「ヨコラさん……ヨコラさん……」




 熱狂の嵐のなか、『疾風剣士』クローゴと『魔法剣士』ヨコラが正門に戻ってくる。『夢幻流武闘家』コロコと『傭兵戦士』仮面のハルド、『技巧派剣士』シトカ、『最強のモンク』タントが拍手で両者を出迎えた。その輪から外れて黙然と壁に寄りかかっている巨体は、『怪物』カーシズだ。


「ヨコラ、ナイスファイトだったよ」


 コロコが差し出した手を、軽く握るヨコラ。


「勝ちたかったんだがな。まだまだ修行不足だった」


 そのまま控え室から出ようとするヨコラに、コロコがあわてて待ったをかける。


「あれ、ちょっと、ここで観ていかないの?」


「あたしの負けに泣いている奴がいるんでな。そっちへ駆けつけてみる。頑張れよ、コロコ」


 ヨコラは去っていった。




 広場の中央で審判団に囲まれ、主審が箱の中身をごそごそとたぐる。一連の作業が終わった後、彼は自分自身が吹っ飛びそうなほど肺の息を吐き出した。


「厳正なるくじ引きの結果、2回戦第3試合は『技巧派剣士』シトカ/片手半剣 対 『夢幻流武闘家』コロコ/篭手!」


 会場が再び熱を帯びた。




「コロコさんの出番ですよ! みんなで応援しましょう!」


 チャムが泣きはらした目で、(から)元気ではしゃいでみせた。ボンボとラグネは彼女の痛ましい姿に少し泣けたが、彼らもヨコラ敗北の痛手から無理に立ち直ろうとする。


「コロコ頑張れーっ!」


「負けるな、勝ってくださーいっ!」




 高い帽子とチュニック、両靴はすべて白色。白髪の混じった黒い髭をいじるのが趣味。それがシトカ、52歳の老練な剣士だ。


 いっぽう黄土色の癖毛を垂らし、額にはキンクイからもらった赤いバンドを巻いている。衆を抜きん出た容姿で、特に決然たる金色の両目は宝石のような輝きを放つ。それがコロコ、17歳の露出多めな武闘家だ。


 ふたりは並んで広場の中央へ進んでいく。左右にわけられ、距離を取って対峙した。主審が手刀を振る。

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