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0060『昇竜祭』武闘大会19(2312字)

 鮮血が舞い、クローゴの顔が激痛に歪んだ。彼は不利と見るや、追撃を恐れて背後に跳躍する。ヨコラも深追いはしなかった。


 ヨコラが前回王者のクローゴを押している。その戦況に、場内は蜂の巣をつついた騒ぎとなった。


「こりゃ分からんぞ!」


「もしかしたら、があるかもな!」


「クローゴさまっ! そんな小娘やっつけてくださいっ!」


 どよめきに揺れるコロシアムで、両雄は再び間合いを詰め始める。


 と、そのときだった。クローゴが立ち止まる。


「確かにいい剣だ。このままだと負けはしないが苦戦はするだろう。僕も本気でいこう」


 彼は微笑してそう宣言すると、左右の剣を持ち替えた。左が短い剣、右が長い剣となる。ヨコラは眉間にしわを寄せた。看過できない変化だったからだ。


「貴様、もしやそれが……」


「そうさ、これが僕の本来の二刀流だよ。お前は(さと)いね」


「1回戦は手抜きで試合していたってことか?」


「ああ。……しかし、やはりこの武闘大会は格別だね。毎回お前のような猛者が現れて、こうして『真二刀流』を試せる機会が与えられるのだから。ほかの野良試合ではこうはいかないよ」


 クローゴは左肩の負傷などまるで気にせず、再度双剣を構える。


 ヨコラは舌なめずりした。


「それが貴様の出場理由か?」


 クローゴはこの問いに、我が意を得たりと微笑んでうなずいた。ヨコラは深く納得し、もうあとは何も口にせず間合いを計る。今度はこっちから、と決めていた。


 一足一刀の間境(まざかい)に入ると同時に、クローゴへ飛びかかる。


「でやっ!」


 細い長剣が宙を切り裂いた。クローゴは左の剣で受け止める。肩から流血しているにもかかわらず、その防御は堅牢だ。ヨコラは相手の右手の剣にも注意を払いつつ、踏み込んで2撃、3撃と打ち込んでいった。


 しかし、それらはことごとく左で防がれる。まるで盾のようだとヨコラは思った。突きも斬撃も一切通じない。それどころか――


()っ!」


 クローゴの左が鮮やかな剣さばきで、逆にヨコラの右上腕を斬りつけた。真っ赤な血潮が噴出する。ひと筋の汗がヨコラのこめかみを滑り落ちた。


「おのれっ!」


 ヨコラはがむしゃらに相手左小手(こて)を狙う。だがクローゴはすかさず剣を引っ込め、これを(つば)で受け止めた。


「そら、僕の右を忘れたかい?」


 クローゴは右の刃を振って、ヨコラの左足太ももを傷つける。血しぶきがあがった。連続の激痛に、とうとうヨコラは後退してしまう。クローゴは深追いはしなかった。


「はあ、はあ……」


 ヨコラは重なる流血と痛みで、とうとう息が切れ始める。まるで血液が全身の力を持っていってしまうかのようだ。劣勢だな、と彼女は内心で苦笑した。


 そのヨコラを、クローゴは冷ややかに見つめている――と思っていると。


「どうだお前、僕の妻にならないか?」


 激闘のなかに一瞬の空白が生まれる。ヨコラは目を丸くした。思考が追いつかなかったからだ。


「何をほざいているんだ?」


「僕は本気だよ」


 クローゴは両手を広げた。端麗な表情がこのとき悪魔めいている。


「僕は数十人からなるハーレムを持っていてね。3年前にこの大会で優勝してからは、僕の血を受け継ぐ男子の誕生に執着しはじめた。もちろん優秀な、この本選の常連となれるような剣士を生み出すためさ。男は僕でいい。女が問題だ。女もまた、武闘に対してたぐいまれな才能と実力を持っていなければならない……」


 ようやくヨコラも理解ができた。相手の愚劣な考えに反吐が出そうになる。


「つまり、あたしは貴様のお眼鏡にかなったというわけか。次のハーレム要員として」


 クローゴは一点の曇りもない純粋な瞳で笑った。


「そのとおりだよ、ヨコラ。どうだい? 悪い話じゃないだろう」


 客席からブーイングが出始める。何やら話し合っている両選手に、さっさと試合を続けるよううながしているのだ。


 そんななか、ヨコラの耳に聞きなれた声が、まるで空間をこじ開けるようにはっきりと聞こえてきた。


「頑張れ、ヨコラーっ!」


 ヨコラはそちらを見る。ゴルだ。ヨコラのパーティーメンバーにして、一回戦で散った『怪力戦士』ゴルが、ヨコラに声援を送っていた。本選出場者特別席から……


 もちろんそれは、今のクローゴとヨコラの会話が聞こえたからではあるまい。単純に両者が攻めあぐねていると考えて、ヨコラを応援したのだろう。


 だが、その声だけでヨコラには十分だった。冷え切っていた心に暖炉のような火がともる。その温かさを頼りに、ヨコラは剣を構えた。クローゴをにらみつける。


「悪いがクローゴ、あたしには先客がいるんだ。その話は断らせてもらおう」


 クローゴは別段怒りもせず、ただつまらなさそうに言った。


「そうか、しかたない。では試合の続きをしようか」


 クローゴが双剣を持ち上げた。先ほど同様、左の短い剣を盾とし、右の長い剣を得物として扱うのか。それともそう思わせて……。対峙するヨコラも見守る観客も戸惑う。


 ヨコラは右上腕と左大腿部(だいたいぶ)の二箇所から出血している。あまり時間はかけられない。ならば、あれを試してみるか。


「受けてみよ、秘剣『ツバメ返し』!」


 ヨコラはそう叫ぶと、クローゴの間合いに我から踏み込んだ。斜め上段からの袈裟斬り。しかし、誰の目にもそれはタイミングが早く思われた。クローゴは迎撃しようとする自己を抑え、ヨコラの剣が目の前で空振りするのを確認する。


「これが最後の攻撃とは……失望したよ」


 クローゴは一歩踏み込み、左の剣でヨコラを斬り下ろそうとした。それは勝利を決める一撃となるはずだ。


 だが――


「かかったな!」


 ヨコラが手首を返し、斬り下ろしたばかりの剣で逆に斬り上げる。これは彼女の前に踏み込んでいったクローゴにとって、致命傷となる逆袈裟斬りだった。さしもの『疾風剣士』が一瞬息を()む。

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