0006見捨てられた少年06(2087字)
手刀を振る。勇者ファーミの両脚が、太ももの半ばで切断された。
「うげぇっ!」
真空の刃を食らったのだ。鮮血を噴出させて、ファーミはぶざまに床に転がった。戦士コダインが悲痛に叫ぶ。
「ファーミさんっ!」
ファーミは凄まじい激痛にその場で転がり回った。そして自分が追放したことも忘れて、ラグネを怒鳴る。
「お、おいラグネ、俺を回復しろ! 僧侶だろ! 早くしやがれ、この間抜けがっ!」
ラグネはアリエルを静かに寝かせた。ファーミの苦痛の命令も無視し、立ち上がって魔人ソダンに正対する。
「許せない……!」
魔人がまばたきする。
「何……!?」
ラグネの背中側に、樽ひとつ分の光球がこつ然と現れたのだ。玄室はにわかに明るくなり、まるで昼間の太陽を抱いたようだった。ファーミもコダインも、コロコもボンボも、魔人さえも、この光に目を奪われる。
ラグネは腹の底から憎しみの声を放った。
「許せない! よくも、よくもアリエルさんを殺したなーっ!!」
その瞬間、光球から無数の光の矢が発射された。あるじたるラグネの体をよけて、放射状に舞う。
そしてそこからは、一気にまっすぐ飛んでいった。
それはソダンへと襲いかかろうとする。だが、例の防御結界にはばまれて空中で散った。
魔人は腕で両目をかばいながら、マジック・ミサイルが自分に到達しない現実にほっと気を緩める。
「僧侶かと思っていたが、この攻撃……。新手の賢者のようだな。少し驚いたが、どうだ、我の結界は破れはしまい……」
しかし、彼は再び瞠目した。光の矢の豪雨に、何と防御結界にヒビが入ったのだ。ボンボが叫んだ。
「凄い……! 押している!」
魔法の矢はその圧倒的な物量で、結界に叩き込まれた。結界はその自己修復が間に合わず、とうとう破壊されて通過を許してしまう。魔人の体に光の波が注ぎ込まれた。
「ぐぬうっ!」
魔人には傷を回復する能力がある。その体に驚くほどの矢が突き刺さるが、ソダンはすぐにその負傷をいやした。
「ふん、我に届いたはいいが、殺すまでには至らなかったようだな。いい加減魔力が尽きて、この攻撃も終わるだろう。そのときがお前の最期だ、小僧!」
コロコが驚いて目を見開き、思わずといった口調でもらした。
「お、終わらないよ!? もっと激しくなってきた!」
ラグネは涙を流しながら、憎しみのまなこで魔人をにらみつける。その背部の光球から、マジック・ミサイルの怒涛が勢いを増した。
コダインが呆然とする。
「す、すげえ……! ソダンが押され始めた!」
防御結界も自己回復能力も、この豪雨のような光の矢の前には無力だった。魔人の回復が遅れ始める。青い血しぶきが上がり、ソダンはとうとう後ろへ吹っ飛んだ。さっきまで座っていた玉座がぶっ壊れ、木片と化して散らばる。
「ぐああっ! や、やめろ! やめてくれえっ!」
ついに魔人は情けなく悲鳴を上げた。その腕が、胴が、腹が足が、どんどん消滅していく。肉をうがち骨を砕き、ソダンの再生能力すら圧倒的に凌駕して、なおもマジック・ミサイルは迷宮のあるじへ膨大に撃ち込まれた。
「がああぁ……っ!」
断末魔の声が上がる。
「ぎゃああああああっ!!」
とうとう魔人は跡形もなく消滅した。それこそ肉も骨も残らぬ、完全な滅亡だった。
「はぁ……はぁ……」
ラグネはマジック・ミサイル・ランチャーとでもいうべき光球を、不意に消し去る。迷宮が急に暗くなって、ファーミたちは漆黒の闇にとらわれたような錯覚におちいった。
ラグネは腕で目元をぬぐう。そして、ヒカリゴケの明かりを頼りに、ファーミに近づいた。勇者は化け物でも見るかのように、ラグネへおびえた視線を投げかける。
「ひっ……! く、来るな……!」
ラグネは構わず呪文を唱えはじめた。そして、
「『回復』の魔法!」
とつぶやき、ファーミの両脚に手をかざす。勇者はその太ももから生足が生えるのを自覚した。
「な、何だ、回復の魔法か……」
痛みがなくなって立ち上がったファーミは、それでもラグネへの恐怖心が消えないのか、勇者の剣を垂らして警戒したままだ。
辺りは静かだった。迷宮のあるじの魔人ソダンが倒れたことで、この迷宮内の魔物たちが一斉に消えたからだろう。
ファーミはコダインと目配せをかわすと、ラグネに詰め寄った。卑屈な笑いを浮かべている。
「魔人ソダンを倒せたのは俺たちの助けがあったからだ。そうだな、ラグネ? 俺たちとお前が共同で滅ぼしたんだ。いいよな?」
コロコはかっとなった。この勇者たちはどこまで腐っているのだろう。ラグネをクビにしたうえ、魔人相手に手も足も出なかったくせに……! ボンボも激しい怒りを顔に表している。
だが、ラグネは気にしていなかった。正直、そんなつまらないことに関心が湧かなかった。
「ご自由にしてください」
アリエルを殺されてしまったことが、何より彼の心に冷風を吹かせている。
「さよなら、アリエルさん」
迷宮で死したものはそのまま残していくのが、冒険者たちの慣習となっていた。それにラグネもならう。コロコとボンボに声をかけた。
「帰りましょう、ふたりとも」
僕はまた、仲間をみすみす殺されてしまった。その悔恨が、胸のなかでぐるぐると螺旋を描いていた。
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