0058『昇竜祭』武闘大会17(2338字)
かがり火に照らされた選手宿舎にたどり着くと、馬車で先に戻っていたコロコやゴル、ハルドの姿があった。新しく長剣を手に入れたヨコラもいる。ハルドが端正な口を開いた。
「やあ、よく戻ってきた。何か食料を買ったかい?」
「いいえ」
「それでいい。実はゴックの殺人事件をかんがみて、主催者が今夜から食べ物を用意してくれることになったんだ。外を出歩かなくていいようにね」
ラグネはあることに思い至る。
「あれ? そういえばゴルさんが敗退したから、男性の僕やボンボさんは、宿舎を使えないんじゃ……」
「そのことなら心配ない。これも食べ物同様、主催者が参加者の身の安全を考えて、大会中は自由に宿舎を使っていいことになったんだ」
ゴルが大仰に胸を張った。
「ラグネやボンボは、昨日同様、我の宿舎に泊まるといい。今日こそ男同士の話をしよう」
ヨコラが彼の脇腹を肘でつつく。冷ややかな目をしていた。
「何を威張ってるんだ。負けたくせに……」
「そ、その話はなしだぜ、ヨコラ」
誰かが噴き出し、それにつられてみんなが笑った。ひとしきり肩の力を抜いた後で、コロコが片手を頭の脇へ挙げる。
「あの、今日は私、ひとりで休むね」
チャムが驚いて彼女を見上げた。
「ええっ、何でですか? まさか私のせいでしょうか?」
「違うよチャム。明日は私とヨコラが当たる可能性があるでしょ? 賭けも行なわれているんだし、八百長の共謀をしたとか言われたくないからさ。明確に線を引いておきたいの」
「うう……寂しいです」
ヨコラはコロコの態度を称する。
「確かにそのとおりだ。これはあたしも気が付かなかった。そうしよう」
その夜はハルドとコロコがそれぞれの宿舎に引き取り、ゴルの宿舎にラグネとボンボが、ヨコラの宿舎にチャムが泊まることになった。
ゴルを先頭に彼の宿舎まで歩いていると、ラグネの視界に何か影が映った。目をやると、黒い裾長胴衣を着ている、まるでドブネズミのような老人が、せかせかと早足で過ぎ去っていく。
あれ、ここは選手宿舎なのに……。ラグネは一瞬疑った。しかし自分同様、出場選手の誰かの仲間なのかもしれない。なら別に問題ないか。そう思って、あとはもう無関心になった。
翌朝、非参加メンバー3人――魔物使いボンボ、賢者チャム、僧侶ラグネ――で、食料の買い出しに出かけた。昨夜もゴルの大いびきは凄かった。しかし、ボンボにはラグネが、ラグネにはチャムが回復魔法をかけることで、どうにか寝不足だけは避けることができたのだった。
本当はゴルもついてくる予定だったのだが、昨日『技巧派剣士』シトカに敗れたとあって、街は歩かないほうがいいとの結論が出ている。「お前に賭けたのにどうしてくれるんだ」とのたまうクレーマーに取り囲まれる可能性があったからだ。『昇竜祭』武闘大会の本選参加者は、それぐらい有名人になっていた。
「ん?」
買い出しに行く途中で、まるで昨日のデジャヴのように、裏路地に人だかりができているのに出くわす。ラグネはうそ寒い予感にとらわれた。
「ボンボさん、チャムさん。僕、ちょっと見てきます!」
また昨日同様、人混みをかき分けて進んでいく。そして、その先にあったものとは――
「やっぱり……!」
1回戦で『魔法剣士』ヨコラに敗れた、『究極武闘家』ルルン。彼女が、脳天から真っ二つにされて死んでいた。血の気が引いたラグネの聴覚に、周りの声がただ流れてくる。
「ひでえ……何で彼女が殺されなきゃならないんだ」
「また脳みそが持ち去られてるんだってよ」
「じゃあ昨日未明にゴックを殺した奴と同じ犯人だな……間違いない」
ルルンの遺体は、ゴックと同じく顔に白布をかけられて、担架で運び出されていった。
「ええっ!? 今度はルルンが!?」
コロコは一瞬の茫然自失の後、怒りで歯軋りした。ボンボたちからルルンの死の報告を受けたのだ。
「あのルルンを倒すだなんて、相当の使い手ね。いったい誰が……。何にしても許せない!」
ここはコロコの選手宿舎だ。ボンボたちはこの後ヨコラ、ハルドと、宿舎を回って朝食を配るつもりだった。ラグネはおそるおそるコロコに声をかける。
「あの……。あまり深く考えないでください」
「どうして?」
きっとにらみつけるコロコに、ラグネは首をすくめた。怖くて涙目になる。
「今はコロコさんは2回戦に集中すべきです。だったら報告するなって話かもしれませんが……。どうか、ルルンさんを弔うのは優勝してからにしてください」
コロコの目元がやわらぐ。
「うん、それはもちろんそうよ。でも……」
言いかけて、コロコは長く息を吐いた。照れくさそうに笑う。
「ああ、そうね。今は他人のことを考えている余裕はないわ。ありがとう、ラグネ」
その後、ハルドとヨコラの各宿舎でも、同じような驚きと怒りを前にするするボンボたちだった。特にヨコラは衝撃が深いようだ。
「裏路地なんかで死んじまったら、名声も何もないだろうが……」
椅子に腰掛けたまま、顔の左を手で覆った。そして、
「絶対に優勝してやる。それがあいつへの、せめてもの手向けだ」
厳しい声でつぶやいた。
『昇竜祭』武闘大会も今日で3日目。1回戦を終えた選手たちの最新オッズが、ばくち打ちの前に公開された。
『技巧派剣士』シトカ――男、52歳、片手半剣――8倍
『怪物』カーシズ……男、年齢不詳、大斧……2倍
『最強のモンク』タント……男、32歳、素手……10倍
『疾風戦士』クローゴ――男、24歳、二刀流、前回優勝者――4倍
『魔法剣士』ヨコラ……女、18歳、細い長剣……9倍
『夢幻流武闘家』コロコ――女、17歳、篭手――7倍
『傭兵戦士』ハルド……男、年齢不詳、短槍……5倍
やはりというか何というか、『鞭使い』グタンを一方的に負かした『怪物』カーシズが、2倍という最高の前評判を叩き出した。