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0057『昇竜祭』武闘大会16(2134字)

「ぬっ!?」


 クローゴの右の剣を、まるで飛翔するかのように、シゴンは左足、右足と持ち上げてまたいでみせた。そして右手の忍者刀でクローゴのけい動脈を裂断しようとする。


 しかしクローゴの左の剣が、素晴らしい反応速度でそれを防いだ。さらに右の剣が反転し、着地したシゴンの胴へと風切り音を響かせる。これをシゴンは滑らせた忍者刀で防いで、左へ()んだ。


 体勢の崩れたシゴンを、クローゴは逃さない。右を防御に回しつつ、左の剣で突き刺そうとする。シゴンは素早く転がって、どうにか窮状(きゅうじょう)を脱した。クローゴは深追いせずに、逆に遠い間合いを作ってひと息つく。


 この目にも()まらぬ攻防に、観客はあっけに取られていた。しかし、まるで地鳴りのような拍手喝采が次第次第に湧き起こり、ついには歓声のサイクロンを形成する。


「すげえぞ、どっちも!」


「きゃーっ、クローゴさまーっ!」


「やるじゃねえかシゴンっ!」


 クローゴはやや不機嫌そうに小声で吐き捨てた。


「『どっちもすごい』? 馬鹿な観客め、今の攻防で分からないんだね。圧倒的な実力差を……」


 シゴンの着ている紺色の忍び装束に、ところどころ汗の染みが浮いている。シゴンは「馬鹿な観客」ではなかった。肌身でクローゴの剣さばきを体感して、彼のいう「実力差」に打ちひしがれていた。


「これほどとは……。素晴らしいでござるな」


 せいぜいそれだけ言った。シゴンは忍のものらしく、彼我(ひが)の戦力差を冷静に弾き出している。これ以上戦いを続けても、もはや無意味というのが、その残酷な計算結果だった。


 だが。


「拙者はこの大会で優勝し、まだ見ぬ主君に武名をとどろかせねばならぬ。ここで負けるわけにはいかんでござるよ……!」


 左手で印を結ぶ。シゴンの両目に炎が宿った。クローゴが目をしばたたく。


「ほう……?」


「秘伝、『分身』の術!」


 シゴンの体がひとりからふたり、ふたりから4人、4人から8人と、倍々に増えていった。クローゴから等距離で、円を描くように彼を取り囲む。


 クローゴは端麗な顔に、見たものがぞっとするような冷ややかな笑みを浮かべた。


「面白い。どうやら僕だけがお前の術にかかったようだね。その目を見たときに……」


「よく見抜いたでござる。だが術中に(おちい)った以上、貴殿にこの分身を見分ける術はない。さあ、いくぞ!」


 クローゴの周囲で、8人のシゴンが忍者刀を構える。そして、一斉にクローゴへ斬りかかった。逃れる術のない、絶対的な窮地。


 だがクローゴは狼狽(ろうばい)すらしなかった。


「奥義『竜巻斬り』!」


 クローゴがふわりと垂直に移動したかと思うと、その双剣が美麗な円を描く。その場()びの全方位への斬撃。それが彼の奥の手だった。


「ぎゃああっ!」


 8人のシゴンがほぼ同時に斬り捨てられる。全員その腹をかっさばかれ、仰向けに倒れた。クローゴが着地し、つまらなさそうに周囲を見渡す。いつの間にか術は解け、ひとりのシゴンが地面でのた打ち回っていた。


 クローゴは「よくやってくれた、お前ら」と自分の双剣に語りかけると、鞘に納めながら主審をうながす。


「勝負は決したよ。彼を回復してやってくれ」


「1回戦第8試合、勝者、クローゴ!」


 主審は大急ぎでそう発表すると、素早く審判団を統御した。シゴンは傷を治療される。だが痛みから解放されても、彼の顔は浮かなかった。


「負けたでござる……」


 いっぽう、大観衆は最後の攻防の意味が分からなかった。クローゴの斜め後ろからシゴンが跳びかかり、一方的に斬られた。そうとしか映らなかったからだ。


 だがクローゴを推していたばくち打ちや女性客は、思いどおりの結果で満足している。歓声はじわじわと両雄に降り注いでいった。


 クローゴはシゴンに手を伸ばした。


「いい戦いだった。またいつか戦おう」


「……かたじけないでござる」


 シゴンは敗者の地位を受け入れたらしい。クローゴの手をつかんで立ち上がった。




「いやあ、格好いいですね、あのクローゴって人。しかも強いし」


 ラグネが腕を組んで感嘆した。ボンボもうなずく。


「さすがは前回大会の優勝者だよな。今回も制覇するかも知れんぜ」


 チャムはふたりの間で目をハートマークに変化させていた。


「クローゴさま……お(した)い申しあげます……!」




 正門に戻ってきたクローゴとシゴン。控え室の勝者と敗者らが、拍手でふたりを出迎える。明日は2回戦4試合だ。ともに2回戦を戦うはずだった『喧嘩無敗』ゴックが、昨夜何者かに殺された――しかも脳みそを持ち去られて。このため4試合のうち1試合は不戦勝となり、実際には3試合だけが行なわれる。


 誰もが2回戦の不戦勝を願ってるのかな。コロコはそう考える。個人的には正々堂々試合に勝ったうえで、準決勝に進みたい……




 大会は盛況のうちに2日目の幕を閉じた。大勢の観客が次々に会場を出て行く。その流れに加わって、ラグネとチャム、ボンボは選手宿舎を目指した。


 試合の興奮()めやらぬ人々は、「『魔法剣士』ヨコラが……」とか「『疾風剣士』クローゴが……」などと、明日の試合を予想して盛り上がっている。


 と同時に、何となくみな早足だった。ボンボが気づいたように言う。


「やっぱり『喧嘩無敗』ゴックが殺された事件があって、みんな早く家や宿に帰りたいみてえだな。おいらたちも急ごうぜ」


「そうですね」


「大賛成です」

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