0056『昇竜祭』武闘大会15(2203字)
「なっ!?」
後ろからシトカが、振り返りざまゴルの首に両腕を回す。まるで蜘蛛の糸のような絡みつき方だった。それはけい動脈を締め付け、喉笛を潰す勢いでゴルを襲う。さらに両脚でゴルの腰に巻きつき、後ろへと倒れた。
「うがっ……!」
ゴルは脳への血流を遮断される。意識が薄れていった。最後に遠くのほうからシトカの穏やかな声が聞こえた。
「ブラボー。きみはよく頑張った」
それを最後に、ゴルは何も分からなくなった。
「1回戦第7試合、勝者、シトカ!」
ゴルが落ちたことを確認した主審が、試合の勝敗を大勢の観客に報せる。拍手喝采、歓喜と嘆声の渦が場内にできあがった。審判団が重たいゴルの体――何せ失神しているのだ――からシトカを引きずり出す。シトカは回復魔法をかけられると、ようやくひと息ついて立ち上がった。
ゴルも回復魔法で傷を癒やされ、意識を回復した。最初は何も分からなかったが、観衆からの祝福に両手をあげて応えるシトカの姿を見て、己の敗北を知る。
「負けたのか、我は……」
がっくり落ち込んだ。シトカが肩を叩いてくるが、無念の思いは深く、なかなか精神的復活はなされない。
そんな彼に、シトカはこう質問してきた。
「ブラボー、きみには素養がある。僕が大会を制覇したら、僕のもとで修行しないかい?」
「勧誘かよ……」
「そうさ。きみはいい戦士になれる。僕が保証するよ」
「……考えとく。何にしてもおっさん、強かったぜ」
ゴルはそういって笑うと、シトカの手を借りて起き上がった。
ラグネ、チャム、ボンボの3人は、観客席でがっくりうなだれていた。
「ゴルさん……。負けちゃった……」
チャムが号泣するなか、ラグネはもらい泣きし、ボンボは頭を抱えている。
「これが勝負の世界なんだろうな。これが……」
オッズ6倍が17倍に負けた。この事実に多数の観客は憤慨しているらしい。隣の席から、ゴルを口汚く罵る声が聞こえた。ボンボは耳を塞ぎたい気分だ。
そしてしみじみ、魔物使いの出場が禁止されていてよかった、と思った。自分がこんな罵声の中心に立っていたら、とても平静ではいられなかったであろうから……
正門に帰ってきたゴルは、『夢幻流武闘家』コロコや『傭兵戦士』ハルドに恥じ入って顔を赤くした。
「我だけ負けちまった。すまない」
コロコは何とも声をかけられない。いっぽう仮面のハルドはゴルの腕を叩いて笑う。
「何をしおらしくしてるんだ。ゴルくんはもっと豪快な人間だったろう? こんな負けぐらい笑い飛ばすんだ」
ゴルは一瞬呆然としたが、すぐにそうした。
さて、『昇竜祭』武闘大会1回戦も、残すは1試合となった。くじの結果は分かっている。主審が会場中のたいまつの炎を吹き消す勢いで叫んだ。
「厳正なるくじ引きの結果、1回戦第8試合は『疾風剣士』クローゴ/二刀流 対 『高等忍者』シゴン/忍者刀!」
最後の最後に大物のクローゴがきた。前回大会優勝者で、おん年24歳。オッズは2倍だ。控え室で壁に寄りかかって出番を待っていた彼は、そのまぶたを開いた。
黒い長髪に凄まじい美形と、女のような外見ではあるが、その腕力の強さは類を見ない。白いマントを颯爽とひるがえし、腰に佩いた二本の長剣を触った。
「今日も頼むぞ、お前ら」
いっぽう、オッズ9倍のシゴンは紺色の忍び装束に身を包み、見えているのは両目だけである。しかし予選会では堅実な試合運びで勝利をさらってきた、影の実力者だ。こちらは無言でクローゴの背後についていった。
ふたりは広場中央まで進み、そこで審判により左右にわけられる。この時点ですでに、会場が吹っ飛びそうな大歓声があたりを席巻していた。何といってもオッズでは一番人気のクローゴだ。しかも美貌の持ち主とあれば、それにほれ込む女性客たちが多いのも致しかたがないところだった。
『夢幻流武闘家』コロコと『傭兵戦士』ハルドが、『最強のモンク』タントと『技巧派剣士』シトカが、食い入るようにこの一戦を見守っている。武闘大会に出て本選に残り、しかも一勝を挙げたものたちとしては、やはりクローゴの戦法を記憶に焼き付けておきたいのだった。
クローゴが双剣を抜いた。右がやや短く、左がやや長い。いっぽうシゴンは忍者刀を抜いた。こちらは逆手に握り、胸元で構える。
「貴殿のような強者と手合わせできることは、拙者にとって望外の喜び。遠慮なく我が全力を馳走しよう。いざ!」
主審が手刀を振り上げ、振り下ろす。
「始め!」
うなるような地響きとともに、観客たちの熱すぎる声援が飛び交った。そのなかで、前回大会優勝者と忍のものが激突する。攻撃は両者ほぼ同時だった。
「でやっ!」
「ふんっ!」
刀身が真夜中の薄闇のなかで閃き、クローゴの右の剣とシゴンの忍者刀が衝突する。たいまつの炎が揺らいだ、ような錯覚にとらわれたものもいただろう。両者はその一合の打ち合いの後、再びわかれた。
「む……っ」
うなったのはシゴンだ。両者は片腕で剣撃を放ったが、忍者の彼は右腕をさすった。
「さすがに前回大会優勝者は違うでござるな。片腕で拙者の一撃をいなすとは……」
クローゴは白皙の肌に微笑を浮かべる。
「お前もなかなかだよ、シゴン。てっきりもっとか弱いのかと思っていた」
「世辞はいらぬ。では、今度は本気でいくでござるよ」
「望むところさ」
シゴンは滑るような足さばきで、クローゴにするすると迫った。クローゴが右の剣を振るう。このまま先ほどの再現なるか――と思われたそのとき。