0055『昇竜祭』武闘大会14(2237字)
主審が中央で両者をわける。そして手刀を切った。
「始め!」
ゴルは大剣を背中の鞘から抜き取った。分厚い。誰もがそう感じただろう。それほどの鉄の塊だった。鞘を審判に渡すと、ゴルはたやすく大剣を構える。
いっぽうのシトカも片手半剣を閃かせた。この剣は名前どおり、拳ひと握り半の長さの柄を持ち、片手でも両手でも扱えるのが強みだ。
「始まった!」
観客席のチャムがそわそわと落ち着かない。ヨコラの勝利を喜ぶ気持ちは消え失せ、ゴルの応援に心を集中させているようだ。ラグネもボンボも祈るように『怪力戦士』の勇姿へ声援を送る。
「ゴルさん、頑張って!」
「頼むぜ!」
ゴルが大剣を振り回し、シトカへ襲いかかった。シトカは両手で柄を握り、豪風を正確にいなしていく。
「ブラボー。でも僕の想定内だよ」
「ああ、そうかよっ!」
ゴルが思い切り剣を振り下ろした。だがその先にいるはずのシトカがいない。彼は一瞬のうちに後退していた。ゴルのこめかみを冷たい汗が伝う。
「我から逃げるだけが『技巧派剣士』の本領か?」
それを空威張りと見抜いたシトカは、うっすら笑った。
「ブラボー! それは僕の本領ではないが一端ではある。では、今度は攻めるところをお見せしようか」
今度はシトカがゴルへと躍りかかる。鋭い諸手突きが放たれた。これをゴルは大剣ではたき落とそうとする。
だが、そのとき。
「何っ!?」
目標だった片手半剣が弧を描き、大剣の起こりに真っ向ぶつかった。シトカが片手半剣の柄頭をつかみ、テコの要領で剣身を急浮上させたためだ。このまま大剣を弾かれれば、ゴルはふところに入られて絶体絶命の危機に陥る。
「がああっ!」
ゴルは気迫一閃、怪力で無理矢理押さえ込もうとした。両腕の筋肉が躍動し、それは大剣に連動する。シトカが目を見張り、攻撃を捨てて防御に回った。彼は相手の眼前で急停止して、ひざまずきながらゴルの刃にあらがう。
「ブラボー! すごい筋力だ!」
シトカはそう叫びながら、彼から見て右へぱっと跳びずさった。去り際に大剣の刃と片手半剣の鍔がぶつかって火花を生じる。
大観衆はこの攻防が速すぎて、視認できたものだけが拍手と声援を送った。それでも地をどよもす勢いである。ふたりは一気に認知され、好悪入り混じる視線を浴びた。
「頑張れゴル!」
「すげえぞ、シトカ!」
「いけいけ、52歳!」
再び間合いのできた両雄は、お互いににやりと笑う。相手を好敵手と認めたのだ。
「ブラボー……。では、僕も徐々に手の内を明かしていこうかな」
「我はそれをすべて打ち破る!」
ゴルが疾走した。遠心力を乗せた大剣でなぎ払おうと、一気に距離を詰める。これに対しシトカは、飛び上がるかしゃがむかで剛剣をかわすか、後退して空振りさせるか、いずれかを選択しなければならないはずだった。今度は片手半剣で受け止めたり弾いたりすることは不可能だろう……
だが、シトカはそのどれをも取らなかった。
「なっ!?」
のけ反り。それも、倒れる寸前のぎりぎりのスウェーが、シトカの対処法だった。ゴルの剣はシトカの胸元すれすれで空振りする。そこでシトカが素早く起き直り、片手半剣が逆袈裟に一閃した。ゴルの右肩が深くえぐられる。
「ぐあっ!」
傷口から血しぶきが上がった。しかしそこは戦士の本能というべきか。ゴルはそのままシトカにタックルを見舞おうとする。
「ブラボー!」
シトカは闘牛士のようにひらりと左へかわした。ゴルはすさまじい速度でその場を駆け抜ける。これは追撃を受けないための疾駆だった。実際シトカの片手半剣は、ゴルの影を斬るように振り下ろされていた。
両者が再度相対する。ゴルは利き腕の右肩を負傷して、大剣を扱いづらそうにしていた。いっぽう何の傷も負っていないシトカは、片手半剣の血のりを振り払う。観衆は興奮に包まれていた。
ゴルが唾を吐き捨てる。激痛で息が荒かった。
「なるほど、たいした腕前だ。これが『技巧派剣士』の実力というわけかよ」
「そうだね。さあどうする? ここであきらめてくれたら、僕としては嬉しいのだけど」
ゴルは大剣を構える。出血が増して、彼の右腕を滝のような鮮血が流れ落ちた。シトカは痛ましそうに見つめる。
「ブラボー……じゃないね。まだやる気かい」
「ほかの3人――コロコ、ハルドさん、ヨコラは1回戦突破してるんだ。我だけ敗退なんて、そんな情けない真似だけは嫌なんだよっ!」
ゴルは痛みを押し殺し、右の袈裟斬りでシトカに迫った。シトカはもはや手負いのゴルにかつての力はないと見たか、両手で柄を握って受け止める。実際に押されることもなかった。
「哀れだね。これはさっさと楽に――げぼぉっ!」
シトカの顔面にゴルの右膝が、えぐいばかりに命中している。鼻が潰れ、前歯が折れたシトカは、片手半剣を手放してしまった。ゴルは自分の豪剣を、シトカが完全に受け止めることを予期して、裏の刃を気にせず跳び込んでいる。賭けであり、ゴルはそれに勝ったのだ。
シトカが仰向けに倒れる。ゴルは大剣を放り捨てつつ、シトカに馬乗りになった。負傷していない左の拳を雨のように降らせる。この逆転劇に、大観衆は熱狂で爆発しそうになった。
「どうだおっさん、我の勝ちだ! さっさと降参しろ!」
しかしシトカは鼻と口から大量出血しながら、両手でゴルの拳を阻む。
「ブラボー! ……でも、寝技は僕の得意な分野でもあるんだ」
「何……っ?」
「ふんっ!」
シトカはゴルの右肩を殴りつけた。痛みでゴルの腰が浮く。そこでシトカは腰と膝のバネを使い、一気にゴルの後背へすり抜けた。




