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0054『昇竜祭』武闘大会13(2200字)

 胴へのタックルは華麗に決まり、その衝撃でルルンの手からヌンチャクが離れた。ヨコラはそのまま相手を押し倒し、馬乗りになる。上から右拳の豪雨を降らせた。


「ぐうぅっ!」


 ルルンのまぶたが切れて出血する。彼女の『速度倍増し』も、地面に押さえつけてしまえばその効果はゼロだ。ヨコラはここを先途(せんど)とばかり、目といわず鼻といわず顎といわず、徹底的に殴り続けた。


 ヨコラ派の観客が大歓声を、ルルン派の観客が大悲鳴を上げる。コロシアムは崩れるんじゃないかと思うほど沸き立った。


 しかし――


「このっ!」


 ルルンがヨコラの左手首をつかみ、めったやたらと振り回す。ヨコラの左肩は折れているのだ。この攻撃が効かないわけもなく、ヨコラは骨折箇所から生じる激痛に苦悶した。


「おのれっ!」


 とびきりの力でルルンを殴りつける。ルルンの左目に青紫色の皮下出血ができた。眼窩(がんか)が骨折したのだろう。


 だが、そこまでだった。ルルンに右足で左肩を背後から蹴られると、とうとう激痛のためにヨコラは右へと倒れこんだ。ルルンが素早く転がり、どうにか立ち上がる。その顔は血と汗でぐずぐずになっていた。


 武器のない剣士ヨコラが、素手でも強い武闘家に勝てるわけもない。誰もがルルンの勝利を疑わなかった。


 しかし、そのときだ。


「ふしゅうううぅ……」


 奇妙な吐息を漏らしながら、ルルンが崩れ落ちた。ダメージによるものではないだろう。むしろ、これからヨコラに攻勢をかけようとしていた矢先だったのだから。


 審判が倒れたルルンの意識を確認する。そして、両手を「×」の字に交差させた。気絶している!? 会場がどよめきに包まれた。


 主審が高らかに宣告する。


「1回戦第6試合、勝者、ヨコラ!」


 ヨコラとルルンに審判団が回復の魔法をかける。あらゆる怪我が消え去って、ヨコラとルルンは元どおりになった。ルルンは肩を揺さぶられ、目を覚ます。


「あれ……? 私は……?」


「負けたんだ、あたしに」


 歩み寄りながらも、ヨコラは不得要領(ふとくようりょう)だった。何でルルンが気絶したのかさっぱり分からなかったからだ。さっきまでの対戦相手は目に涙をためた。


「私の奥義『速度倍増し』には制限時間があるの。それを過ぎると気を失っちゃうのよ。だから時間内にしとめようとしたんだけど……駄目だったのね」


 そこまでいうと、ルルンは大泣きした。まるで幼い子供のようだ。ヨコラは肩をすくめた。欠陥奥義で勝利を拾ったが、一歩間違えれば泣いていたのは自分のほうだったからだ。




「やったー! 勝った! ヨコラさん、すごーい!」


 観客席の賢者チャムが、パーティー仲間の勝利に大喜びしていた。その隣の僧侶ラグネとともに、滂沱(ぼうだ)と涙を流している。


「よかった……!」


 魔物使いボンボはまだ冷静なほうだったが、それでも涙をこらえているぐらいの違いしかなかった。


「『夢幻流武闘家』コロコ、『傭兵戦士』仮面のハルド、『魔法剣士』ヨコラと勝ちまくってる。こりゃ『怪力戦士』ゴルにも勝ってもらって、全員で2回戦に進出してほしいところだな」


 涙をぬぐいながら、チャムもラグネもうなずく。


「次の試合に出るかどうかはまだ分かりませんけど……。本当、そうなってほしいです!」




 正門に戻ってきたヨコラとルルン。その表情は正反対だった。もちろん前者は晴れやかな笑顔、後者は打ち沈んだ涙顔である。


「私の伝説が……伝説がぁ……」


 コロコはヨコラと控えめに拳を合わせた。


「あんまり冷や冷やさせないでよ、ヨコラ」


「すまん。相手が強かった」


 ヨコラの鞘は(から)だ。彼女は言った。


「これから市場へ行って明日以降に使う長剣を吟味(ぎんみ)してくる。じゃあな」


 これに目を丸くしたのはゴルだ。


「おいおい、我の試合は観ていかないのか!?」


「勝つんだろう?」


「当たり前だ。何としてもな」


 ヨコラは微笑んだ。


「なら私が観なくとも構うまい。それじゃ」


 彼女は浮かぶような足運びで控え室を出て行った。さすがに1回戦を突破して嬉しさを隠し切れないでいる。コロコは苦笑してその背中を見送った。


『最強のモンク』タントが広場中央に集まった審判団を見つめている。


「どうやら対戦カードが決まったようです」


 主審が声量で闘場を吹き飛ばそうとした。


「厳正なるくじ引きの結果、1回戦第7試合は『怪力戦士』ゴル/大剣 対 『技巧派剣士』シトカ/片手半剣!」


 会場がわっと沸いた。そのなかへ、19歳のゴルと52歳のシトカが向かっていく。オッズはゴル6倍にシトカ17倍。ゴルの楽勝を多くの観客が期待しているようだった。


 ゴルは頭部に黒い弁髪と眉毛以外の毛がない。緑のチュニックの上からでも分かる肥大した筋肉が、その強さを無言で知らしめている。


 いっぽうシトカは、高い帽子とチュニック、両靴すべてを白色で統一している。白髪の混じった黒い髭をいじるのが趣味らしく、今もそうしていた。


「ブラボー! 僕のためにあるような大会だ」


 ゴルは並んで向かいながら苦笑した。


「出場者はみんなそう思ってるぜ。そうして敗退して気が付くのさ。『ああ、これは自分のための大会じゃなかった』ってな」


「ブラボー。さすがに先の大会で本選に出場した男は違うね」


 ゴルの歩みが遅くなった。


「我のことを調べたのか?」


「ブラボー! そのとおりさ――というか、僕の弟子たちがね。『彼を知りて己を知れば、百戦して危うからず』との言葉もあることだ。参考にはさせてもらったよ」


 シトカは剣の(つか)を叩いた。


「ゴルくんの太刀筋は想定している。僕には勝てないね」

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