0053『昇竜祭』武闘大会12(2247字)
ルルンは説教じみた台詞を吐きながら、双節棍で再び殴りかかる。今度は深めだ。しかしヨコラは何でもないかのように、剣で弾き返した。乾いた音が鳴り響く。
「寿命をまっとうした後のことなどどうでもいいだろ。生きている間の幸せと享楽こそ重要だ。そのためには金はあればあるほどいい。そのことが分からないか?」
言葉でお返ししながら、今度はヨコラが一歩踏み出した。長剣でルルンのヌンチャクの連結部――鉄の鎖だ――を斬ろうとする。
「くっ……!」
ヨコラの予想よりも硬質かつ精巧にできているようで、鎖は分断されなかった。ルルンがすかさずヌンチャクを動かし、ヨコラの長剣に鎖の部分を巻きつけようとする。折ってしまおうという目論見だ。
これを察知したヨコラは、慌てて剣を引いた。間一髪、得物は破壊されることなく包囲をすり抜ける。ルルンもヨコラも、ぱっと後退して間合いを取った。
この攻防に、広場を取り囲むすり鉢状の客席から、2人へ怒涛の称賛が浴びせられた。
「ヨコラちゃんいいぞ!」
「ルルン、負けるなよ!」
「もうどっちも2回戦に進めようや!」
しかし地鳴りのような大観衆の沸騰も、戦う両者の耳には入ってこない。再びの激突は、両者同時の踏み込みとなった。
「でやっ!」
「ふんっ!」
遠心力をきかせたルルンの双節棍が、今度は本気の勢いでヨコラの側頭部に襲いかかる。これを細い長剣ではたき落としたヨコラは、そのままルルンに左袈裟斬りを見舞おうとした。
だが――
「何っ!?」
どかしたはずのヌンチャクが、所持者の手首のスナップで、長剣を内側から外へと弾く。そして――
「ぐあっ!」
ルルンの左の正拳が、正確にヨコラの額を打ち抜いていた。ヨコラは吹っ飛び、地面を転がる。それでも細い長剣を手放さなかったのは、魔法剣士としての意地というより金への執念だった。
だがダメージは大きい。頭蓋骨のなかで打撃音が反響していて、よくものを考えられない状態だった。ヨコラのふらつきを見たルルンは、ここぞとばかりに追撃をかけていく。
「っしゃあっ!」
気迫で声帯を震わせ、ヨコラの脳天へ双節棍を繰り出した。ヨコラはすんでのところで長剣を構え、これを何とか防ぐ。しかし酒をがぶ飲みした下戸のように、その足取りはおぼつかなかった。
ルルンの攻勢は続く。ヨコラはほとんど本能で弾き返しつつ、後退していった。そうして、とうとう広場の壁へと追い込まれる。
「どうやら私の勝ちのようね、お金のお嬢さま。とどめよっ!」
ルルンがヌンチャクをヨコラの胴へと振り抜く。いや、振り抜こうとした。
その瞬間だった。ヨコラが剣を杖代わりにして、壁を蹴って倒立したのは。
「なっ……!」
ルルンが見上げ、相手の美しさに刹那の間我を忘れる。ルルンは時間をかけ過ぎた。ヨコラはその間に半ば回復しており、むしろ後半はダメージでよろけるという演技を強いられたほどだったのだ。
「食らえっ!」
ヨコラの踵落としがルルンの脳天に炸裂する。ものすごい打撃音がとどろいて、客席を震撼させた。
「ぐはぁっ……!」
ルルンは一瞬おのれの敗北を幻視する。だがここで終われない。彼女の目指す先はまだまだ遠く、その道のりはいまだ途上なのだ。
「奥義『速度倍増し』……!」
「むっ!?」
前のめりに倒れるかと思われたルルンが、いきなりの素早さでヨコラの下を潜った。かと思うと、壁を蹴りつけて背後に跳躍し、ヨコラの背中に肘打ちを決める。
「ぐぅっ!」
骨が折れたかと思うほどの衝撃と激痛に、ヨコラは転倒して土を舐めた。しかしすぐさま起き上がり、ルルンに向き直る。いったい何が起きたのか、しばらく分からなかった。
ただいえるのは、ルルンの動きが超人並みに変化したということだ。彼女はその場で左右交互に足踏みしており、自分の力を持て余すように見える。
「これが『究極格闘家』ルルンさまの奥義『速度倍増し』よ。2倍の速さで動ける裏技ね。決勝までとっておきたかったけど、1回戦で負けるわけにはいかないからね。ここで披露してとどめを刺してあげるわ!」
そう言い放つと、地を蹴って敵へと襲いかかった。双節棍の先端側が神速の動きでヨコラへ迫る。
「くっ!」
ヨコラは右横へと転がって逃げた。そこへルルンが驚愕の速度で走りこみ、ヨコラの左肩へ膝をぶち込む。
「ぐあぁっ!」
骨が折れたような異質な音がした。ルルンが大上段からヌンチャクを閃かせる。ヨコラは細い長剣で払おうとした。
だが――
甲高い音とともに、長剣は半ばで折れてしまう。威力が弱まったとはいえ、棍棒部分がヨコラの頭頂部に炸裂し、彼女の脳天を切り裂いた。皮膚が切れ、血が湧き出す。剣山を突き立てられたような痛みに、ヨコラは悲鳴を上げるのをどうにか耐える。
ルルンがヨコラの顎を足で蹴り上げた。アッパーカットのような一撃に、ヨコラは大きくのけ反る。しかしそれを利用して、彼女は後転してどうにか距離を取った。
脳天と顎からの出血、左肩の骨折、背中の激痛、額の鈍痛。そして折れた長剣。審判が試合を止めるべきかどうかの判断に入っていることは確実だった。ヨコラとしては、まずそれを覆せるほどの反撃をしなければならない。
「うおおっ!」
金だ。金。優勝賞金5000万カネー。それを手に入れるために、この大会に出たんだ。地面を踏む足裏に力が入る。
「1回戦で負けるわけにいかないのは……」
折れた剣をぶん投げた。予想外の攻撃に、ルルンがワンテンポ遅れてヌンチャクで弾く。ふところががら空きとなった。そこへヨコラが全速力で組みにいく。
「あたしも同じだああっ!」