0052『昇竜祭』武闘大会11(2225字)
審判はグタンの顔に水をかけた。『鞭使い』は意識を取り戻し、あたりを見回す。そしてカーシズの姿を見い出すや、審判の後ろに逃げ隠れた。
「ば、化け物め……!」
おびえきった子羊のような震え声だ。
主審が高らかに声を上げた。
「1回戦第5試合、勝者、カーシズ!」
カーシズの圧倒的な強さが満天下に示された。オッズ3倍は伊達ではなかった。その事実に、観客は次第に熱狂に取りつかれていく。気が付けば、場内は興奮のるつぼと化していた。
「カーシズ! カーシズ!」
「すげえ、こりゃ優勝はもう決まったようなもんだぜっ!」
「誰が来てもあいつには勝てっこねえ!」
今大会一番の盛り上がりだ。カーシズは斧をかつぐと、グタンにもはや興味を示さず、正門へと戻っていった。選手たちの拍手を浴びる『怪物』は、しかし笑みもなくしかめっ面だ。
そんな彼をにらみ上げる人物がいた。コロコだ。
「ちょっと! あの鞭使いさんの腕を斬り落とした時点で、もう勝負は決まってたでしょ!? 何で両足まで斬ったりしたの?」
「ああ?」
カーシズが歩みを止めてコロコを見下ろす。眉間にしわを寄せた。
「そんなもん、楽しいからに決まってるだろ。……殺されたいのか、女?」
止めに入ったのは『傭兵戦士』仮面のハルドだった。
「ふたりともよさないか。ここで武勇を発揮しても捕まるだけだぞ」
コロコは両手を腰に当てて不服そうだ。だがハルドの面子を守るため、しぶしぶ引き下がった。
いっぽうのカーシズはつまらなさそうに、巨体を揺すりながら帰っていく。『最強のモンク』タントがその背中に声をかけた。
「試合を見ていかないですか?」
「俺さまに勝てる奴などいやしない。見るだけ時間の無駄だ」
振り向きもせず、さっさと『怪物』は立ち去っていった。
ラグネはカーシズに憤っていた。コロコと同様の理由で……
「何て最低な……!」
「ラグネ、そう怒るな。きっとコロコがあんな奴倒してくれるさ。……まあ、くじ次第だけどな」
ボンボはそういうが、あの強さのカーシズをやっつけてくれる――溜飲を下げてくれる選手など、果たしているのだろうか。ラグネはコロコやハルドでさえ怪しいと、頭の片隅では考えていた。それを認めたくなくて首を振る。
チャムは陰惨な試合を見せられて泣き出しそうだったが、仲間の『怪力戦士』ゴルと『魔法剣士』ヨコラの出番がまだだということもあり、いつ来るか、いつ来るかとそわそわもしていた。
広場中央に集まった審判団が、くじの結果を確認し合う。主審が天まで届けとばかりに発した。
「厳正なるくじ引きの結果、1回戦第6試合は『究極武闘家』ルルン/ヌンチャク 対 『魔法剣士』ヨコラ/細い長剣!」
「来た!」
チャムは両手を胸元で組み合わせ、こころもち背筋を伸ばした。待ちに待ったパーティー仲間の登場に、しかもゴルとの対戦ではなかったことに、ほっと安堵のため息をつく。
ラグネが大声で叫んだ。
「頑張ってヨコラさーんっ!」
「やっとあたしの出番か。ほっとするな」
ヨコラは金色の長髪をひとつに束ねて垂らし、両目が細い。誇り高い肉食獣のようなしなやかな体躯をしている。
いっぽうルルンは団子にした青い髪の毛に、目尻に刷いた朱色が鮮やかだ。体にぴったりした上下を着込んでいる。
「女同士の対戦ね。ヨコラ、悪いけどさっさと片付けさせてもらうわ。これでも各地の武術大会を総なめにしてきたんだからね」
ヨコラとルルンはお互いの目をにらんだ。にらみながら、足元も見ずに正門を出る。ルルンがヌンチャクを垂らしながら問いかけた。
「ところで魔法剣士なんでしょう? 魔法を使ったりしないでほしいわ。たまたま使ってしまった、とかはなしよ」
「安心しろ。対策がとられるから」
主審が闘場の真んなかで高らかに大声を上げる。
「この試合は、予選同様、ヨコラ選手の対戦相手に『魔法防御』の魔法をかけます!」
審判のひとりが呪文を唱え、「『魔法防御』の魔法!」と締める。ルルンは肌が一瞬あわ立つことで、結界に包み込まれたことを知った。この魔法は、魔法による攻撃を防ぐものだ。
「なるほどね。純粋に武力での戦いになるわけだ」
両者は健闘を誓い合って東西にわかれた。ヨコラは細めの長剣を抜き放ち、身構える。いっぽうルルンもヌンチャクを右脇に挟み、左手を前方にかざして臨戦態勢に入った。
主審が手刀で空間を切る。
「始め!」
ヨコラ、ルルンともに円を描くように歩き出した。女同士の対決ということで、観衆からは下卑た野次も多少あったが、おおむね純粋な力比べを望んでいるようだった。
「一応言っておくが」
ヨコラは次第にルルンとの距離を詰めていく。
「あたしはこの大会に懸けている。優勝賞金5000万カネーは一介の冒険者には破格の額だ。絶対に手にしてみせる」
ルルンもまた、相手との円を縮小させながら応じる。
「ふん、金が欲しくて参加したの? 私は自分の名声を高めたいだけよ。今でさえ『究極武闘家』の異名で呼ばれているけれど、それを今度は世界中にとどろかせたい。それが私の野望よ」
「金は大事だ。あたしは貧しい村で生まれ育ったから、金がなければ何もできないことを知り尽くしている」
「名誉が一番だわ」
「いや、金だ」
ルルンがヌンチャクを振るった。けん制の一撃と見抜いたヨコラは、のけ反るように軽くかわす。その反動として細い長剣を繰り出したが、これはルルンがさばいた。
「金は墓場まで持っていけないけれど、名誉は語り継がれることで持続して、やがて伝説となる。そのことが分からないの?」