0051『昇竜祭』武闘大会10(2302字)
ラグネは人混みをかき分け、どうにか最前列に躍り出た。すると、目の前には……
「うぇっ」
ラグネは吐きそうになって、思わず顔を背けた。だが見てしまった。頭をかち割られて死んでいる、ゴックの姿を。
衛兵が野次馬たちを押さえているなか、ラグネはその隙間からもう一度視線を向ける。ゴックの割れた頭蓋骨からは、脳みそがえぐり取られていて、ふた目と見られたものじゃなかった。
人々からはこんな話が漏れ聞こえた。
「勝利の美酒に酔ってこんな裏路地に迷い込んだのが、まあ運の尽きだったのかねえ……」
「夜更けのできごとで、目撃者がいないんじゃあ、犯人を取り押さえることはできねえなあ」
「犯人はジャンに賭けていた博徒だって噂もあるけど……にしても、ゴックを一撃で殺せるかねえ?」
ゴックの死体が担架で運ばれていく。顔には白布がかけられていた。これは野次馬も道を開けざるをえない。
ラグネはこの武闘大会に嫌な予感がしはじめていた。
食料を買って帰ると、3人は真っ先にゴックが殺害された事件を話した。これにはコロコもゴルもヨコラも喫驚して立ち上がる。
「何でゴックが!?」
「詳しく教えろ!」
「どういう殺され方をしていた?」
ラグネがたどたどしく話す。汗をふきふき語り終えると、ヨコラが腕を組んで考え込んだ。
「ゴル、確か欠場になった選手の代役はないんだったよな?」
「ああ。予選参加者が繰り上げされることも、敗退者が復活することもなく、2回戦はひとりが戦わずして不戦勝になるはずだ」
「……となると」
ヨコラは椅子に座り直す。優美な金髪が波打った。
「賭けに負けた博徒だけでなく、誰かを優勝させたい何者かが、不意打ちで襲ったのかも知れん。これからはどの選手も、周囲に気を配りながら行動しないと駄目だな」
それは大会主催者側も同じ考えだったらしい。宿舎には馬車が寄せられ、選手たちは――1回戦で敗退したもの以外――それに乗って闘技場へ移動した。安全面を考慮したのだろう。
夕闇のなか、ラグネとボンボ、チャムはそれぞれ1万カネーを払って会場に入った。しかし昨日よりも早く観客席は埋まっており、だいぶ後方の席しか取れない。
チャムは今日がゴルとヨコラの試合日とあって、興奮しすぎて卒倒寸前だった。
「頑張って……!」
審判団が広場の中央に集まる。そして主審が大声で叫んだ。
「それでは本日の試合を開始したいと思います!」
客席は重低音の巨大な楽器と化したかのようだった。
「厳正なるくじ引きの結果、1回戦第5試合は『鞭使い』グタン/鞭 対 『怪物』カーシズ/斧!」
正門の内側に揃っていた選手たちは、オッズ3倍の強豪・カーシズの名前に、一斉に彼を見る。
カーシズは全身これ筋肉といった偉丈夫で、身の丈も相当高かった。服装といえば穿いている腰みのだけだ。三白眼で、血管が異常に浮いている。頭はつるっぱげだった。
「やっと俺さまの出番か。腕が鳴るぜ」
肩に担ぐ大斧はかなり分厚く重量も相当ありそうなのに、まるで紙切れのように扱っている。
いっぽうグタンは頬が強く浮き出た縦長の顔だった。茶色い髪の毛は額で左右に分けられ、肩まで伸びている。手にした鞭はかなりの距離まで伸びそうに巻かれていた。
大観衆の熱気あふれる闘場へ、『怪物』と『鞭使い』が並んで進む。そして審判の指示に従い、左右にわかれた。
それを見ていた『傭兵戦士』仮面のハルドがつぶやく。
「まるで猛獣と猛獣使いの対決だな」
『夢幻流武闘家』コロコは不謹慎にも噴き出した。
「それ、私もちょっと思っちゃった」
『最強のモンク』タントが唇に人差し指を当てる。
「始まるです」
主審が選手ふたりの間に等間隔で入った。手刀を振り上げ――
「始め!」
勢いよく振り下ろす。観客たちが試合への期待で爆発的に盛り上がった。
主審が後退するのと、カーシズが突進するのはほぼ同時だ。グタンは真横へ跳んで逃げた。先ほどまで彼がいた場所に、巨大な戦斧が叩きつけられる。地面に亀裂が走り、その衝撃のすごさが満場に知らしめられた。
グタンは遠い間合いから鞭を振るう。それはカーシズの皮膚を切り裂き、肉を露出させるはずだった――血しぶきとともに。
だが。
「ば、馬鹿な!」
グタンが何度鞭を叩きつけても、カーシズの体は一向傷つかなかったのだ。叩かれている側は、大斧を引っこ抜くと、にやにや笑いながら相手に近づいていった。
「おいおい、優しく撫でてくれるじゃねえか……」
グタンが振り続ける鞭を、空いている手でキャッチする。そのまま強引に引っ張った。
「うわっ!」
グタンが持ち手を離さなかったため、彼の体はカーシズの前に飛び出す。そこへ――
「おらよっ!」
カーシズの大斧が風を切って炸裂した。グタンの右腕は根元から削ぎ落とされる。鮮血が噴き出し、グタンはあまりの激痛にその場で転げまわった。観客たちは大興奮の乱気流に呑み込まれる。
試合はこれで終わりだ。利き腕と武器を失ったグタンが、カーシズに対抗できるわけもない。グタンは「まいった」と言いかけた。
しかし――
その顔を、カーシズが左手でわしづかみにする。顎を押さえられたため、グタンはしゃべれない。『怪物』はそのまま持ち上げると、いかにも嬉しそうににたりと笑ってみせた。そして斧を一閃する。
「ぐうぅっ!」
グタンの両脚が真っ二つとなった。切り離された足が血潮を撒き散らしながら地面に跳ねる。あまりの残虐性に、大観衆は声を失った。
「そ、そこまでっ!」
主審が叫ぶ。カーシズは鼻で笑ってグタンを放り捨てた。審判たちが慌ててグタンに回復魔法をかける。右腕と両足が生えてきて、グタンは一命を取りとめた。もし治癒が少しでも遅れれば、死んでしまったであろうグタンの負け方だ。




