0050『昇竜祭』武闘大会09(2181字)
特に市場はそれが顕著だった。焼き物や果物、汁物を食わせる出店が軒を連ね、客引きが観光客に声をかけている。特に酒屋は特別に酒類の販売を夜中でも許されていた。
人々は武闘大会の試合を肴に酒を飲み、誰が勝ち上がるかで白熱した議論を交わしている。
7人が市場の大通りに差し掛かったとき、それを目にしたのであろう誰かが叫んだ。
「『傭兵戦士』ハルドだ! 『夢幻流武闘家』のコロコもいるぞ!」
この言葉で、7人の周りには一気に人だかりができる。そこかしこから激励の台詞が降り注いできた。
「すげえ強さだったぞ、ハルド!」
「あんたらに賭けて正解だったぜ!」
「女性初の優勝を目指せ、コロコ!」
コロコは笑顔で手を振って愛想を振りまく。
「女で武闘大会の頂点に立った人っていないんだ。頑張ろ」
とつぶやきながら……
何にしても、1回戦を勝ち抜いたハルドとコロコは、すでにこの街の有名人と化していた。これ以上市場の奥へ向かうのは、さらなる混雑と混乱をもたらすことを考えると、とても現実的ではない。
結局近くの店で鶏を1羽、それから人数分のパンと果物を購入した。そしていくばくかの金を払って持参の酒袋を満たすと、もう戻ることにする。
「明後日も頼んだぞーっ!」
熱い声援が背中を叩いた。ハルドもコロコも、のんきな言葉に苦笑せざるをえない。
結局その夜は、ハルドの宿舎で鶏を絞めて焼き、7人和気藹々と食事した。ハルドは仮面を外さず、結局その素顔は誰にも分からないままだ。
その彼は、ゴルとヨコラの明日の健闘を願った。
「明日は勝ってくれよ、ふたりとも」
ゴルはしたたかに酔っている。寝ぼけまなこでうなずいた。
「そりゃもちろん、勝ちますよ。相手がヨコラでも、ね」
ラグネは胸肉を咀嚼しながら、そうか、ふたりがぶつかり合うこともあるんだ、と気がつく。もし1回戦で当たらなくても、コロコたち4人全員が勝ち上がったら、2回戦で戦うことになる蓋然性は決して低くなかった。
でもまあ、今はそんなこと考えてもしょうがないか。ラグネはぶどう酒を飲み、口のなかのものを飲み下す。
食事を終えた7人は、ゴルの宿舎にラグネとボンボ、コロコの宿舎にヨコラ、チャムというメンバーで休みを取った。ハルドはひとりで一夜を過ごす。
泥酔したゴルをベッドに寝かせて、ラグネとボンボは額の汗をふいた。ここまで連れてくるだけでも大変だったのだ。
「やれやれ、この人明日試合だってのに、こんなに飲んで大丈夫だったんですかね」
ボンボは暖炉の薪を火かき棒でつつきながら答える。
「まあ大丈夫じゃなかったら、ラグネが回復魔法をかけてやりゃいいわけだ」
「ああ、そうですね」
ラグネも極度の疲労から眠たくなってきた。応援するだけでも体力は失われるらしい。
「そろそろ寝ます。おやすみなさい、ボンボさん」
「おう、ラグネ。おいらもぼちぼち眠るとするかな」
しかし、ゴルの大いびきで何度も起こされることになるふたりだった。
いっぽう、女性陣は恋の話で盛り上がっていた。ヨコラがコロコをからかう。
「童顔のボンボくんと、滅茶苦茶強いラグネくん。どっちが好きなんだ?」
コロコは苦笑しつつ左右の手を振った。
「どっちも好きだよ。仲間としてね」
ヨコラは追及を緩めない。人の悪い笑みを浮かべる。
「男としては、と聞いてるんだが」
コロコは今度は少し悩んでから回答した。
「それを考え始めたら、3人で行動できなくなるよ。パーティーリーダーとして、ふたりには平等に接したいし」
ぶどう酒を飲んで、コロコは考える。ラグネとボンボは、自分を女として見ているのだろうか。――いや、そんなそぶりは今のところ一切ない。元気なお姉さんとしてしか認識されていないような気がする。それはそれで何となくへこむ……
チャムがヨコラへ無邪気に質問をぶつけた。
「ヨコラさんはゴルさんひと筋なんですよね」
酒を飲んでいたヨコラがぶっと噴き出した。むせ返りながらチャムを叱る。
「そんなわけないだろ! 変なこと言うな!」
「ひぇっ! ご、ごめんなさい!」
チャムが震え上がって目尻に涙をためた。
その後話題は、ハルドさんは誰か好きな人がいるのだろうか、というものに移った。
翌朝、武闘大会に出場していないラグネとボンボ、チャムが、3人で飯を買いに出かけた。市場への道すがらの雑談で、チャムが24歳と知って、ラグネとボンボは驚愕する。
「年下かと思ってた……」
ボンボの言葉に、チャムは嬉しそうに微笑む。藍色ローブのフードを目深くかぶって照れ隠しした。
「ありがとう」
ボンボは16歳、ラグネは推定18歳、チャムは24歳。ラグネは年齢の若いほうがしっかりしているなぁ、とひそかに考える。
異変はその途中で起こった。とある裏路地に、人がたかっているのを目撃したのだ。ボンボが興味を引かれて立ち止まる。近くの野次馬のおじいさんに尋ねた。
「何かあったのか?」
「そりゃあもう、大変だよ!」
老人は興奮を隠しきれない。
「昨日の1回戦で『八つ裂き魔』ジャンを破って、2回戦に進出決定済みだった『喧嘩無敗』ゴックってのがいただろ?」
ラグネは昨夜の第4試合を思い出した。体中に刃を仕込んだジャンを、ゴックが拳打と蹴りで降参させたんだっけ。
「そのゴックさんがどうかしたんですか?」
「殺されたんだよ! 何者かに!」
3人は揃って顔色が青くなった。あのゴックさんが、殺害された……? 何かの間違いじゃないのか?




