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0005見捨てられた少年05(2240字)

「シュゴウ!」


 コダインが愕然と叫ぶ。シュゴウだったものは、もはやただの血肉の塊として床に倒れる。回復魔法も間に合わない、急速で完全な死だった。


 コダインはシュゴウと長年コンビを組んできている。一番の仲間を失って、その怒りは頂点に達した。


「よくもシュゴウをやりやがったなーっ!」


 怒号しながら魔人へと突っ走る。だが即時修復された結界の壁にぶち当たり、コダインはひっくり返った。鼻骨を折ったらしく、鼻血と涙が一緒くたに流れる。


 ソダンはまた手刀を振るった。起き上がろうとしていたコダインの右腕が、肩から綺麗に切断される。


「ぎゃあああっ!」


 コダインが傷口を押さえてのた打ち回った。血がほとばしり、玄室の床を塗らす。


 この惨状に、ファーミは賢者アリエルへ怒鳴った。


「馬鹿野郎、さっさとコダインを回復させろ!」


「は、はい! すみません!」


 そして自身は剣で結界を叩きまわる。だが成果が表れることはなかった。


「くそっ、この……! 何でだ、何で『勇者の剣』で斬れないんだ……!」


 魔人は面白そうにくつくつと嘲笑した。血相の変わるファーミを眺め、さらに笑う。


「迷宮のあるじであるこの我の力を見誤ったのが最大の敗因だったな。さあ、お前も死ぬがいい」


 ソダンが手刀を振り上げた。真空の刃がくる! ファーミは絶望的にそのさまを眺めた。


 だが、そのときだった。


「待ったーっ!」




 ラグネはコロコ、ボンボとともに玄室へなだれ込んだ。途中でふたりに回復魔法をかけたおかげで、彼らは元気一杯だ。魔法で自分自身は治癒できないので、一番疲れているのはラグネである。


「ラグネ、お前……! 死んだんじゃなかったのか?」


 ファーミのなかでは、ラグネはとっくに死者リストに(しる)されていたらしい。酷い人だ。


 魔人がラグネたち新しいパーティーに苦笑した。


「死体の処理が大変そうだな」


 すでに勝った気でいるみたいだ。しかし、この威圧感……ラグネは氷柱(つらら)を背中に入れられた気分になった。この魔人、相当強いや。勝てないかもしれない。


 それはともかく、賢者アリエルさんが無事でよかった。彼女はコダインさんの腕の再生に成功して、ほっと気を緩めている。


「いちいち回復されていたら面倒だな。やはり的確に殺しておくか……」


 ソダンが右手人差し指の爪を、アリエルに向けた。次の瞬間、それは一気に()びて、アリエルの心臓を貫いていた。


「ごふっ……!」


 アリエルが血の塊を吐き出して崩れ落ちる。戻っていく爪をよそに、ラグネは悲痛な叫びを上げた。


「アリエルさーんっ!」


 ラグネは駆け寄って、アリエルの上体を抱き起こす。傷は背中まで貫通していた。何より打たれた場所が悪い。


 落ち着くんだ。まだ彼女は死んでいない。回復魔法をかければ治るに決まってる。ラグネは呪文を唱えはじめた。


 だがそこへ、魔人の冷酷な言葉が降りかかる。嘲弄(ちょうろう)の色があった。


「無理だこわっぱ。我の爪は呪いの爪。それによってつけられた傷は、どんな回復魔法でも治せぬのだ」


 馬鹿な。そんなわけがない。嘘に決まっている。半泣きになりながら、ラグネは出血し続ける箇所に手をかざした。


「『回復』の魔法!」


 だが現実は非情だ。ソダンの言葉どおり、ラグネの魔法でもアリエルの胸の傷は一切治りはしなかったのだ。彼女は震える声を出した。


「ラ、ラグネ……。ありがとう。も、もういいのよ」


 アリエルは近づく死に(あらが)うように、ラグネに語りかける。


「さ、さっきは、見捨てて……ごめんな、さい……。それだけ……どうしても、い、言いたくて……」


「アリエルさん、あきらめないでください。ファーミさん、回復薬のエリクサーを試しに……って、何をしてるんですか!?」


 何とファーミは、アリエルがやられたことなどお構いなしといいたげに、エリクサーの中身を飲んでいたのだ。


「何をするもないだろう。アリエルは助からない。なら回復薬はこの俺、勇者さまが使うべきだろう」


 よく見ればコダインもポーションをがぶ飲みしている。この人たちはアリエルの死など眼中にないようだった。


 そのとき、急にアリエルが重たくなった。見れば、彼女の両目は半ば閉じていた。瞳孔が開いている。息をしていない。


 アリエルは、死んでしまったのだ。


「ア、アリエルさん……っ! そんな、そんな……っ!」


 アリエルさんが死ぬはずがない。嘘だ。こんなの死んだフリに違いない。そうでしょう、アリエルさん?


 気づけば両目から涙がしたたり落ちていた。それは死したアリエルの頬にぽつぽつと当たる。ラグネは失意のどん底に叩き込まれて、しばらく彼女の死を(いた)む以外のことができなかった。


 魔人ソダンの結界は、相変わらずファーミもコダインも破れずにいる。ボンボは先ほどの布を広げて鎧武者を再度登場させた。


「行け、『鎧武者』! 魔人を倒せ!」


 しかし鎧武者は剣を抜くことなく、弱気な言葉を吐く。


『無理だな。拙者では奴を傷つけるどころか、その防御結界さえ破壊できない。悪いが戻らせてもらうぞ』


「えっ、おい、『鎧武者』!」


 召喚された魔物は勝手に布の魔方陣に沈み、そそくさと消えてしまった。ボンボは驚愕している。


「『鎧武者』が自分であきらめて帰るなんて……。こんなの初めてだ」


 武闘家コロコは身構えたまま動けなかった。頭のなかで自分と相手の力量差を弾き出し、そのへだたりに(きも)を潰していたのだ。


 魔人が哄笑した。5人の人間たち相手に、もはや勝ったも同然と言いたげである。


「我が飼い犬ドラクソスを殺した罰だ。全員なぶり殺してやるぞ。すぐに死んだほうがよかったと後悔するぐらいにな……!」

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