0049『昇竜祭』武闘大会08(2349字)
「どうやら恐れをなしたようだぜぇ! 降参するなら教えてやるぜぇ!」
「あ? 殺すぞ?」
ゴックはここであることに気が付く。水を浴びた犬のように、頭を振って熱を払った。その表情に今までとは違う冷気が満ちる。
「ふん、そうか……俺を怒らせて接近戦に持ち込みたかったんだな、てめえ」
ゴックはそう看破した。どうやら当たりらしく、ジャンはぎこちない笑みを浮かべる。
「圧倒的不利すぎて、とうとう妄想を起こしたか、だぜぇ? かかってこいだぜぇ!」
「もう惑わん」
今度は剣を中段に構え、ゴックはじりじりと近づいていった。何といっても相手の武器は短剣である。長剣のリーチを生かして、遠くの間合いから攻めるのが常道だった。今までカッカさせられて、そのことを忘れていたのだ。
ジャンの顔に明らかな焦りがこびりつく。ゆっくりと距離を縮めてくるゴックに、彼は後退せざるをえなかった。やがてその背中が広場の壁にぶつかる。
「くっ……!」
「もう逃げられねえぞ。かっかっか」
ゴックはそう嘲笑すると、ジャンの胸へとどめの斬撃を入れようとした。突きではなかったのは、先ほどそれで苦境に立たされたからだ。
だがジャンはそれを読んでいた。すかさず右手で握っていた短剣を投擲する。その素早さたるやものすごく、斬りかかっていたゴックは慌てて剣で弾いた。体勢がぶれる。
そこへジャンが襲いかかった。左の短剣で剣を押さえつつ、右ひじを振るう。そこからもやはり、刃が飛び出した。
ゴックの胸骨付近が斬り裂かれる。血潮が舞った。
「うぐっ!」
新たな激痛にゴックは歯軋りで耐える。ジャンがさらに攻勢に出ようとした。
「『喧嘩無敗』も今日で終わりだぜぇ! 覚悟しな、だぜぇ!」
振り抜いた右ひじを、今度は右側――逆方向へと滑らせる。ゴックの喉笛を、それは斬りつけるはずだった。
ところが――
「あ? 寝言は寝て言え」
ジャンの右頬に、凄まじい激痛が走る。なんとゴックは、傷ついた左手を握り締め、それで相手を殴りつけたのだ。
「うごぉっ!」
八つ裂き魔は吹っ飛び、地面に転がった。今の一撃で顎が砕かれている。それでも起き上がろうとしたところ、
「おらぁ!」
ジャンの顔面にゴックの力強い蹴りが炸裂した。鈍い音とともに鼻が潰れ、大量の鼻血が噴き出す。ジャンは陸上げされた鮮魚のようにのた打ち回った。
そこへ、ゴックが問いかける。
「まだやるか? あ?」
「こ、降参だぜぇ……!」
主審が肺活量を披露した。
「1回戦第4試合、勝者、ゴック!」
歓声が大爆発する。もしこの闘技場に天井があれば、軽々吹き飛んでいたであろう。ゴックにもジャンにも審判が回復魔法をかけた。両者は正門へと引き上げていく。
広場の中央で、審判団が本日の全試合の終了を宣言した。
「明日は1回戦第5試合から第8試合を行ないます! 今夜はありがとうございました!」
万雷の拍手のなか、審判団は深々と頭を下げる。
ボンボ、チャム、ラグネは観客席で長々と拍手していた。周りの人々は続々と席を立ち始める。ボンボがチャムに話しかけた。
「結局ゴルとヨコラは出なかったな。予選で敗退したのか?」
この言葉にチャムが涙ぐむ。震える声で返した。
「た、たぶん明日に試合が延びたんですよ。きっとそうですよ。ねえ、ラグネさん?」
ラグネは安心させるように、微笑みつつうなずく。
「とりあえず会って話せばすぐ分かることです。僕らも闘技場を出ましょう」
「そうですね!」
3人は退出する人の流れに加わった。
3年前の本選出場者である『怪力戦士』ゴルは、選手ひとりひとりに宿舎の部屋が割り当てられて、そこで一夜を過ごせると語っていた。ならば本選勝者の『夢幻流武闘家』コロコと『傭兵戦士』ハルドは、宿の確保に成功したわけだ。
となると、ふたりの仲間であるラグネたちは、宿舎に押しかければふたりと会えるし、宿屋も探さなくて済むというものだった。
選手宿舎はラアラの街の闘技場そばにある。同じ石造、同じ屋根、同じ庭の中型サイズの一軒家が、南北4軒、東西4軒と並んでいた。つまり16軒あることになる。それらはたいまつの光で浮かび上がり、護衛兵が闖入者の出現に備えて選手たちを守っていた。
あの激闘を行なった選手たちがここで休んでいるかと思うと、ラグネはちょっと嬉しくなる。どうせなら握手したいぐらいだった。それほど彼らの対決は刺激的で、面白くて、興奮させられるものだったのだ。
「あっ、来た来た! 3人とも、こっちよーっ!」
見ればコロコが明かりのもとで手を振っている。そのかたわらにはゴルと『魔法剣士』ヨコラもいた。チャムが走ってそばに寄る。
「ゴルさん、ヨコラさん。ふたりとも予選を突破したのですか?」
「当たり前さ!」
「当然ね」
チャムが泣き出した。もちろん嬉し泣きだ。ゴルとヨコラが苦笑している。
いっぽう、ボンボとラグネはコロコとハイタッチを交わす。ラグネは感動の涙をひと筋流した。
「おめでとうございます、コロコさん。もうコロコさんが優勝でいいんじゃないでしょうか」
「それは駄目でしょ」
ボンボはコロコの篭手を満足げに眺める。
「やっぱりその篭手、似合ってるぜ。おいらは嬉しいよ」
そこへ『傭兵戦士』仮面のハルドが現れた。さすがに短槍は所持しておらず、腰に長剣を佩いている。
「やあ、きみたち。どうだ、一緒に今夜の食事を買いにいかないか? お腹が空いているだろう?」
ゴルがいちもにもなく賛成した。
「いいですね! 一緒に行きましょう!」
こうして僧侶ラグネ、夢幻流武闘家コロコ、魔物使いボンボ、傭兵戦士ハルド、怪力戦士ゴル、魔法剣士ヨコラ、賢者チャムの計7名は、晩飯のために『昇竜祭』真っただなかのラアラの街を歩いた。普段なら夜盗や盗賊のはびこる夜の街も、この『昇竜祭』の最中ならあちこちでたいまつが燃えていて、まるで昼間のように安全だ。




