0047『昇竜祭』武闘大会06(2223字)
2試合が終わったところで、このラアラの街のサラム町長――権力者のひとりだ――が広場の中央に進んだ。紅色の髪は癖毛で、51歳という年齢のわりに豊富である。権力者のわりにはあまり着飾っていなかった。
「本日はこの『昇竜祭』武闘大会にお越ししただき、誠にありがとうございます。思い返せば、このラアラの街は――」
それに重なるように、大ブーイングが巻き起こった。誰もお前なんか興味ない、黙って帰れ、さっさと第3試合をやれ、と散々である。あまりの不評に、サラム町長は演説を途中で切り上げ、逃げるように正門へ戻っていった。
そして、審判団が改めて広場につどう。
「厳正なるくじ引きの結果、1回戦第3試合は『傭兵戦士』ハルド/短槍 対 『無想流の使い手』サンヨウ/長刀!」
コロコはハルドの名前に、仮面の男を見上げた。彼は露出している口を軽く吊り上げる。
「行ってくるよ、コロコくん」
短槍を手に、内なる闘志をかもし出していた。
「頑張ってね、ハルドさん!」
ハルドは片手を上げて正門を出た。その後ろにサンヨウが続く。彼は奇妙な頭髪と、胸で合わせて帯で締めるという異国の格好をしていた。そしてその帯に、鞘に納まった長刀をさげている。
タントがその背中を見送りながらつぶやいた。
「サンヨウさん――ですか。山をいくつも越えた東方よりやってきたらしいです。かなりの使い手です」
「あっ、ハルドさんだ!」
知り合いで、一時はともに戦った戦士の登場に、ボンボとラグネが歓声を上げた。チャムはふたりの間で、たぶんお仲間さんだろうと声援を送ってみる。
「頑張って、ハルドさーんっ!」
ハルドとサンヨウの登場に、場内は沸きに沸く。町長の登場が差した水は、あっという間に乾いたようだった。
ふたりは主審の指示により、中央で左右にわかれる。サンヨウが得物の刀を抜き放った。
「むっ?」
ハルドはその武器に、異様な影がまとわり付いているのに気がつく。目をすがめた。
主審が手刀を振り下ろし、ここに第3試合が開始される。
「始め!」
ハルドは短槍をしっかり左脇に構えながら、対戦相手に尋ねた。
「その剣、何やらきな臭いものを感じるな。その影は何だ?」
「ほう、おぬしには見えるか」
サンヨウは不敵に笑う。八双の構えでじりじりとハルドに近づいた。
「この長刀には今まで斬り殺されたものたちの怨念が詰まっている。これを手にしたとき、それがしは欣喜雀躍したぞ。一流の使い手であるそれがしと、一流の武器であるこれが出会ったのだからな。今のそれがしはまさに無敵!」
東方の剣士は刀を振り回し、まずはハルドを威嚇する。傭兵戦士はバックステップでかわした。サンヨウはそのようすにほくそ笑む。
「ふふ、この刀が怖いか? 安心しろ。大会規則によれば、対戦相手を殺すと敗退扱いになるそうだからな。軽く腕や足を切断して終わりにしてやる……!」
しかし、彼が期待していたおびえや恐怖の色は、相手の口元には浮かんでこなかった。かわりに作られたのは――嘲笑。
「おぬし、何がおかしい? あまりの恐ろしさに気でも狂ったのか?」
「いや、何……」
ハルドは急に自制ができなくなったとばかりに冷笑する。
「一流なのは刀だけで、貴殿はとても一流とは呼べないな。なぜなら今の示威行為だけで、俺は貴殿の動きを見切ってしまったのでね」
サンヨウは呆けていたが、言葉の意味が分かるとともに顔色が赤黒く変化した。唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。
「おぬし、ふざけておるのか!」
サンヨウは長刀を中段に構えて、ハルドとの一足一刀の間合いに入った。怒りでこめかみに血管が浮いている。
「ならば受けてみよ、この攻撃を!」
東方の剣士は面、篭手、胴と連続して刃を差し向けた。だがそのすべてを、ハルドは宣言どおりに短槍で受け止める。それどころか、返しの突きでサンヨウの右胸を刺してみせた。
「ぐぅうっ!」
着物を朱に染めて、サンヨウはいったん後退する。観客がこの攻防に沸きに沸いた。
ハルドが槍の穂先についた鮮血を振り払う。激痛に脂汗を垂らす相手に忠告した。
「降参しろ。その程度の腕前では俺は倒せない」
「こしゃくな……! ならば食らうがいい、『無想流奥義・無限秘太刀』を!」
サンヨウが憤怒のまま跳躍する。一気にハルドへと接近し、袈裟斬りを狙った。だがハルドの短槍は当然のようにそれを弾く。
しかし――
「何っ!?」
ハルドはこの試合初めて動揺した。サンヨウが体をひねり、無茶な体勢から突きを見舞ってきたからだ。それはハルドの喉元へと迫ったが、傭兵戦士は身をよじってどうにかやり過ごす。
「ふふ、この無限秘太刀は終わらぬぞ!」
今度は手首のスナップを利かせての斬り上げだ。ハルドはこれも槍を引いて受け止めたが、守勢は否めなかった。
東方の剣士はここぞとばかりに畳みかけてくる。その目に狂喜の色が浮いていた。
「ははは、どうだ! それがしを侮辱した罪をつぐなうがいい!」
長刀が影の糸を引く。まるで空中に文字を描くように、それは複雑な軌道を記した。
だが――
「むっ!?」
サンヨウの間合いからハルドが消える。いや、後方へ獣のように跳躍したのだ。そのあまりの素早さと脚力に、一瞬サンヨウはあっけに取られた。しかしすぐに自尊心を回復させる。
「ふん、それがしの奥義に恐れをなしたか。まるでネズミのようなすばしっこさだな」
「見切った」
「何だと……?」
ハルドは仮面の下、口元で微笑した。
「その無想流奥義とやらも、俺は見切った。そろそろ踊り疲れただろう。楽にしてやる」