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0045『昇竜祭』武闘大会04(2254字)

 観客席が試合への期待で興奮のるつぼと化す。しかしそれ以上に驚愕していたのがラグネたち3人だった。


「今、コロコって言ったよな、ラグネ!」


「ボンボさんもそう聞こえましたよね!? すごい、予選を突破したんだ、コロコさん!」


 正門が開いて、初老の男と若い女武闘家が姿を見せる。審判が叫んだ。


「両選手、中央へ!」


 ホラフは黒い逆毛で、両目は炎を宿しているかのようだ。袖のない赤いチュニックを着ている。


 いっぽうコロコは黄土色の癖毛を垂らし、額には赤いバンドを巻いている。優れた容姿で露出が多く、なかでも金色の瞳は太陽のような輝きを(ひらめ)かせていた。




 コロコは闘技場の大きさと、そこに詰め掛けた大観衆――3万はくだらないであろう――に仰天していた。今まで『夢幻流武術』の大会に出たことはあっても、ここまで大規模なものはひとつとしてなかったのだ。


 コロコは試合への緊張で震え上がり、嫌な汗を額に噴き出させた。


「人の字を書いて飲み込む、人の字を書いて飲み込む……!」


 2歳年上で夢幻流武闘家のキンクイから教わった、緊張を解くおまじない。だが何度やっても心臓は痛いぐらいに鼓動して、まるで効果はなかった。


 対戦相手のホラフとともに、広場の中心へとたどり着く。そのときだ。ホラフが渋い声でコロコに迫ったのだ。


「辞退しろ。オラは女を傷つけたくねえんだ。今なら間に合うぞ」


 皮肉なことにこの言葉で、コロコの精神は穏やかに常態へと戻っていった。同じ武闘家として、敗北を勧めるとは何さまか。怒りと反骨心で握った拳に、ゆらりと闘気がのる。


「私がぶっ飛ばしてあげる」


 ホラフは肩をすくめた。


「それじゃ戦うしかねえな」


 両者は審判にうながされて東西にわかれる。相手に正対して構えた。主審が手刀を振り上げ――


「始め!」


 振り下ろし、試合開始を高らかに宣言する。わっと場内が沸いて、3万(つい)の視線が戦う両者の一挙手一投足に集中した。




「は、始まったぞ、ラグネ!」


 客席のラグネ、ボンボ、チャムは食い入るように試合を見つめる。まだ両選手は間合いに入る前だ。地鳴りのような大歓声で、ラグネは仲間と隣同士なのに叫ばなければならなかった。


「ボンボさん、チャムさん、とにかく応援しましょう! きっとコロコさんは勝ってくれるでしょう! でも、僕らがついているってことを教えてあげられれば、コロコさんもさらに安心して自信がつくはずですから!」


「そうだな! 頑張れ、コロコーっ!」


「頑張ってーっ!」




 コロコは恐れず踏み出した。間合いのうちから右の拳をまっすぐ飛ばす。ホラフは硬い篭手の一撃を手っ甲で防御し、コロコの太もも外側に蹴りを叩き込んだ。


()っ!」


 コロコはそのキックの鋭さと重さに閉口して距離を取る。49歳という高すぎる年齢でも、これほどの蹴りが放てるのね。日頃から鍛えてるんだ、この人……


「ふんっ!」


 ホラフが前の拳を伸ばし、再度攻撃に出ようとしたコロコの鼻先を殴りつけた。二度、三度と同じ展開が続く。邪魔! この拳!


 コロコは一計を案じた。みたび前に出ると、また合わせたように拳が飛んでくる。これをコロコはパンチで迎撃し、相手の体勢を崩したところでどてっぱらを蹴りつけた。ホラフの体が一瞬浮き上がる。


「ぐぁっ!」


 コロコも蹴撃には自信があるのだ。山の老木をキックでへし折ったことは、今でも自慢できる事実だった。


「よくもやりやがったな!」


 激怒したホラフが、わめきながら拳打を振り回してきた。小娘相手に腹を蹴られたことがそんなに悔しかったのかな、とコロコはガードを固めながらほくそ笑む。


 何にしてもホラフのパンチは、出鼻をくじくものから体勢を崩すものへと変化していた。左右の連打に観客から熱い声援が飛び交う。


 腕力においてはホラフのほうが圧倒的に上だった。だが技術と体力においてはどうか。


 コロコの防御は(かた)かった。ラッシュをかけていたホラフの息が、次第に切れていく。コロコは待ってましたとばかり、鋭い拳打で相手の顎を打ち抜いた。ホラフの膝が一瞬落ちる。やったか!?


 しかし、次の瞬間。


「ぐっ!」


 ホラフの捨て身のアッパーが、コロコの顎を正確にとらえたのだ。コロコは意識が半ばぶっ飛び、腰砕けになってよろよろと後退する。その弱々しい姿に、大観衆は熱気に包まれてほとんどが立ち上がった。


 だが、このときコロコは視界の端に映る姿を見る。それはボンボ、チャム、ラグネが、自分を応援する姿だった。懸命に声を張り上げているようだ。


 コロコはそれに勇気付けられた。わずか一瞬のできごとだったが、失われかけた力が戻ってくるのを感じる。ホラフがコロコの顔面に前蹴りを放ってきた。


「とどめだ!」


 それは……


 コロコが半身になって蹴りをかわす。いや、それだけではない、さらに回転する! 


「こっちの台詞よっ!」


 コロコの右の篭手が、遠心力をともなって風を切った。それはホラフの側頭部に炸裂し、岩を砕いたような轟音を響かせる。


 そう、コロコはカウンターの裏拳を決めたのだった。


 客席からの大歓声がうねりをともなう。ホラフは仰向けに倒れた。泡を吹いていて、起き上がる気配もない。明らかに戦闘続行は不可能だった。


 審判が割って入り、すぐさまホラフに回復魔法がかけられる。主審が高らかに宣言した。


「1回戦第1試合、勝者、コロコ!」


 闘技場に津波のような声が満ち、万雷の拍手が鳴り止まない。


 コロコにも回復魔法が唱えられた。意識がはっきりして、顎の傷も完治する。


「あー、強かった……。ありがとう、ホラフ。戦ってくれて」


 ホラフはコロコの差し出した手を強く握った。立ち上がる。

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