0042『昇竜祭』武闘大会01(2290字)
(8)『昇竜祭』武闘大会
「よっし、アンドの街でラグネの母さんにも会えたし、ルモアの街に戻ろうか。ラグネの母さんの次は父さん――スールドの番だからね!」
コロコのはつらつとした声に、ボンボが軽やかに応じた。馬を並走しているのだ。
「スールドに会ったら、おいらたちみんなでグチグチ言ってやろうぜ! ラグネ、楽しみだな!」
ラグネはしかし、彼女らのノリに合わせなかった。うつむき加減で軽く吐息する。
「……はい」
コロコはボンボと顔を見合わせた。そしてボンボに背後からしがみついている、ラグネにやや強く当たる。
「何よもう! まだまだきみがこの旅の主役なんだからね! そんな暗い顔してどうするのよ!」
「……すみません」
ラグネはどこまでも暗かった。彼の冴えない表情に、コロコは不審を抱く。
「どうしたの? どこか具合でも悪いの?」
「いえ、そんなことはないです」
「じゃあどうして? いつもの元気はどこへ行ったのよ。母さんに会えて和解できて、嬉しいんじゃなかったの?」
ラグネは重たそうに、うっとうしそうに答えた。
「いいじゃないですか、僕のことなんて」
それっきりラグネは押し黙る。コロコは不本意そうに眉をしかめたが、かといってこれ以上追及するのは何だかやりすぎのような気もした。結局馬の手綱を握って、走ることに集中する。
しかしそんなラグネのいじけた態度は、いつまで経っても解消されはしなかった。
「ほらラグネ、私がスープをよそってあげる」
「いえ、自分でやります」
ラグネは野営で食事となったとき、必ず自分の分は自分で確保するようになった。そして、その量はいかにも少ないのである。ボンボもさすがに気に障っていた。
「もっと食べないとお腹が空くぞ、ラグネ」
「いえ、これで十分です」
そして焚き火から距離を取って、ひとりでスープを食べる。コロコとボンボはラグネの変化に、それを毎日毎回見せつけられるたびに、次第にうんざりするようになっていった。
アラメジの街に寄ったときだ。冒険者ギルドでの雑事を終えて、久しぶりの宿屋で羽を伸ばす。コロコはベッドに寝転がって大の字になった。
「今日は天気を気にしなくていいから助かるね! そうだ、今日ぐらいは『男は床、女はベッド』を崩してみようか。じゃんけんで勝った一名が、ベッドを占領できるってのはどう?」
ベッドに起き直り、ボンボとラグネを見渡す。ボンボが乗った。
「いいねえ! やろうぜ! ほら、ラグネも」
しかし返ってきたのは冷たい返事だ。
「僕はいいです。床で寝ますから……」
ラグネは壁際で腰を下ろしたまま、うつむいて、覇気のない声を出した。コロコはこのとき、心配よりも苛立ちが勝る。寝台の上から突き刺すような怒声を放った。
「ちょっと、いい加減にしてよもう! 私たちに何か含むものでもあるの!? 私たちが嫌いになったわけ!?」
ラグネはじめじめと応じる。聞くもの誰もが神経を逆なでされるであろう声色だった。
「いいじゃないですか。僕のことなんて……」
「よくない! よくないよ、ラグネ!」
ボンボもコロコに加勢する。
「ラグネ、何か悩み事があるなら何でもおいらたちに打ち明けろよ。おいらたちは仲間だろ?」
ラグネはその言葉に、くつくつと嫌な笑いを浮かべた。上げた面には陰惨な表情が張り付いている。
「……仲間? 何を言ってるんですか?」
彼はゆらりと立ち上がり、一歩だけ前に進んだ。そして、あのマジック・ミサイル・ランチャーの光球を真後ろに顕現させる。
「僕よりはるかに弱いくせに。コロコさんの夢幻流武術も、ボンボさんの魔物召喚術も、僕の光の矢の前では何の役にも立たないくせに!」
ボンボは喉を干上がらせたらしかった。しゃがれ声でラグネに抗議する。
「ラグネ、光球をしまえ。本当においらたちとの絆が壊れて、取り返しのつかないことになるぞ」
ラグネはその言葉に狂ったように笑った。おかしくてたまらないとばかりに、腹を抱えて。
「絆? そんなものはこの圧倒的な力の前に、何の役にも立ちませんよ。そうでしょうふたりとも。僕がその気になれば、一瞬できみたちをあっさり殺せるんですからね!」
コロコが厳しい顔でベッドから下りて、ラグネに歩み寄った。そして、右の拳で彼のほおげたをいきなり殴りつける。轟音が響いた。ボンボが自分が殴られたかのように痛そうな顔をする。
「ぐぁっ!」
鉄拳を受けたラグネは壁に激突して、その場にずるずるとしゃがみこんだ。背中の光球は消えている。コロコが大喝した。
「いい加減になさい! 何でそうまで卑屈な態度を取り続けるの? 理由があるなら話して! そうじゃなきゃ私もボンボも分からないよ……!」
ラグネは口のなかを切って、唇の端から血を流す。仁王立ちするコロコを見上げた。コロコがはっとする。
ラグネは泣いていた。両目に涙が浮かんでいる。
「だって……だって……!」
まぶたを閉じると、澄明な水滴が頬を伝って流れ落ちた。
「僕は人形なんです」
苦しそうに、辛そうに、ラグネは自分の左胸を押さえる。嗚咽交じりに続けた。
「僕が人形だなんて、知りたくもなかったし、知られたくもありませんでした。僕は真っ当な人間じゃないんです。むしろ魔物に近い側なんです。そ、そのことを……! きみたちふたりに、知られてしまいました……!」
辛くて、悲しくて……。ラグネはしゃくり上げ、つっかえつっかえ話す。
「コロコさんもボンボさんも、もう以前どおりには僕をとらえてくれないでしょう。僕は早く逃げ出したいと思いました。でも自分からパーティーを脱け出す度胸はありません。だからふたりに嫌われて、勇者ファーミさんのときのように、ふたりから追放されればいいやって、そう……思って……」