表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/285

0040旅芸人と操り人形10(2278字)

「ラグネ、ラグネっ!」


 武闘家のコロコに追いつかれ、背中から胴を抱きしめられた。


「とにかく座ろう! いったん落ち着こう!」


 ラグネはその場にへたり込む。いつの間にか、見晴らしのいい丘に着いていた。涙と鼻水で、今その顔は見られたものじゃない。


「『出来損ない』だって、僕は……」


 心が落ち込んでいる。それはもう、奈落の底まで。


 全力疾走したことにより、3人はそれぞれ息を切らしている。ボンボとコロコが、ラグネの後ろで地べたに座っていた。


 鳥が鳴いている。気持ちのいい風が吹き抜けていった。日はとっくに中天を越えている。もうじき夕暮れだった。


「そろそろ一座の興行が始まるね」


 ラグネにかけるべき言葉が見当たらず、コロコはそんなことを口にする。


 ボンボも似ていた。


「せっかくだから観に行こうぜ、ふたりとも」


 ラグネは両膝を抱えて鬱屈(うっくつ)した。その目は赤く泣きはらしている。


「無理ですよ。どんな顔してミルクさんの人形劇を観ればいいんですか」


 コロコは不意にラグネの肩をつかんだ。力強い五指から熱い思いが伝わってくる。ラグネは顔を上げ、彼女の金色の瞳を直視した。


 コロコが実直に語る。


「たぶん、きみがミルクさんに会えるのは、今回が最初で最後だと思う。その、きみがパーティーを抜けて、旅芸人一座に加わらないかぎりはね。……その気はあるの?」


 ラグネは首を振った。コロコが深くうなずく。


「なら、絶対に彼女の人形劇を目に焼き付けておくべきだよ。それは今後の人生の糧となるはずだから。どんな優しい脚本でも、どんな厳しい筋書きでも、きっとね。それとも、私が信じられない?」


 ラグネは再び頭を左右にした。至らない僕を導いてくれるのは、いつもコロコさんとボンボさんだ。信じられないなんてこと、あるわけがなかった。


 ボンボが尻をはたき、土を落としながら立ち上がる。


「なら決まりだな。いい席を取るためにも早く行こうぜ」


 ラグネは不安で一杯だった。もし人間になった人形ラグネ――僕のことを、全面的に否定する内容だったらどうしよう。二度と立ち上がれなくなるんじゃないか。ミルクさんのあのようすだと、その蓋然(がいぜん)性は高い――


 コロコとボンボ、ふたりに手を引っ張られなければ、とっくに逃げ出していた。




 夕刻になって、人が続々と広場に集まってくる。この街にこれだけの住民がいたのかと驚くほどだった。もちろん家を完全に留守にしている家族はいないだろう。それでも300人はくだらなかった。


 コロコとボンボが早くから席取りしてくれてよかった。ラグネは最前列から2、3列後方の、なかなかいい位置で観覧することができる。


 一座の長、リブゴーが66歳の年齢ながら、しゃっきりとした大声で挨拶した。


今宵(こよい)は我ら旅芸人リブゴー一座の(もよお)し物を、楽しみにしてくださってありがとうございます! 心ゆくまで存分にお楽しみください。そしてもしよろしければ、おひねりをいただけると助かります。では、ごゆっくり……」


 こうして演芸は始まった。犬が火の輪をくぐったり、吟遊詩人が神話世界を物語ったり、観客を数人連れ出して一緒に舞踏したり、観客たちを笑わせ、感動させながら演目は続いていく。


 そして、ついにミルクの番になった。


「これよりお見せしますは、とある家族の物語。しかとご覧あれ……」


 操作板を動かしながら、それに糸で繋がって垂れ下がる人形を、生きているかのように操ってみせる。ラグネは食い入るように見つめた。




 あるところに、子供のできない夫婦がいました。結婚生活10年目だというのに、彼らは子宝に恵まれません。他の夫妻には、元気はつらつな子供が次々に生まれているというのに……


 そんな夫婦のことを聞きつけたのかどうなのか、ある日彼らが外出から戻ってみると、家の扉の前に赤ん坊が置かれていました。その子は男の子で、元気一杯です。夫婦が不思議がってその子供を抱き上げてみると、くるんでいる布から一枚の紙片が舞い落ちました。


 それには何か文章のようなものが刻まれています。文字の読めない夫婦は、教会の司祭のもとへ向かいました。そして彼に文章を代読してもらいます。


 それにはこう書かれていました――


『私には経済的に無理です。どうか代わりに育ててください。この子の名はラグネといいます。なにとぞ、よろしくお願いいたします』


 夫婦は戸惑いました。司祭はどうなされますか、と尋ねてきます。しかし、やはりその赤子が可愛かったのでしょう。捨てるわけにもいかなかったのかもしれません。夫婦は彼らの手で子供を育てることを決意します。司祭はその子に洗礼を与えました。


 ラグネはすくすく成長します。活発な子で、馬に乗ったり魚を釣ったり木に登ったりと、やんちゃな面もありました。そうして次第にいろいろな物事を知り、学び、考えることを覚えていきます。


 同年代の友達もできて、かくれんぼや駆けっこにも夢中になりました。また、彼らからさまざまな世界の知識を吸収していきます。そうしてラグネの世界は広がっていきました。


 ただ――


 それはラグネが捨て子であり、自分の両親はあの夫婦ではないのだ、ということに気がつくきっかけともなったのです。


 ラグネはある晩、そのことを夫婦に問いかけました。夫婦はごまかそうとします。しかし、すでにこの時点でラグネは、本物を見極める目と嘘を見破る嗅覚とに()けていました。ラグネの舌鋒鋭い追及に、とうとう夫婦は彼が捨て子であることを吐露してしまいます。


 ラグネは衝撃を受けて、その晩はひとり部屋に閉じこもりました。それからです。彼が真面目に生きることを放棄し、反抗的な言動・活動を主とすることになったのは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ