0004見捨てられた少年04(2417字)
「そういうことなら――迷宮のあるじを倒せば魔物もいなくなるわけだし――一緒に行こうぜ」
ラグネはほっとした。改めて自己紹介する。
「僕は僧侶のラグネといいます。18歳です」
「えっ、年上なの? 私は武闘家のコロコよ。17歳。こっちは魔物使いのボンボ、16歳」
ラグネはボンボの年齢に仰天した。てっきりもっと年下だと思っていたのだ。その様子に、ボンボが少しすねる。
「どうせおいらは童顔だよ。……じゃ、行くとしようぜ」
かくしてラグネたちは、迷宮を下っていった。
勇者ファーミたちは、地下迷宮の奥の奥、最後の玄室に足を踏み入れた。なぜ最後と分かったかといえば、そのなかには一行が入った入り口以外、外部への連絡通路や扉のようなものがなかったからだ。壁に生えたヒカリゴケのためか、ほのかに明るい。
玄室の奥に据えられた巨大できらびやかな椅子に、青い肌の男が座っている。といっても、肌が露出しているのは上半身だけで、下半身は熊のように茶色い毛でびっしり覆われていた。左右のこめかみからは雄牛のような角が生えており、人間離れした相貌だ。筋肉ははち切れんばかりに隆々としており、腕を組んで偉そうに闖入者たちをにらんでいる。
足元では8つ足の、ムカデと犬を合成させたような巨躯の魔獣が座っていた。どうやら迷宮のあるじのペットらしい。
ファーミは剣を抜きつつ、あるじにしては弱そうだな、と楽観視していた。
「名前を聞かせてもらおうか。あるのならばな」
青い肌の男は面白くもなさそうに答える。野太い声だった。
「魔人ソダン。足元のこいつは我が飼っている魔獣ドラクソスだ」
「俺は勇者ファーミ。依頼を引き受けたんでな、お前を討伐させてもらうぞ」
「さて、できるかな。まずはこいつが相手するが、どれほどの間持ちこたえられるか見せてもらおう」
ドラクソスが身を起こし、うなり声を上げる。戦士コダイン、魔法使いシュゴウ、賢者アリエルが身構えた。いよいよこの迷宮での戦いも大詰めだ。いつものようにファーミとコダインが前方へ駆け出し、シュゴウとアリエルはその場で呪文の詠唱を始める。
「いくぜ! ドラクソスさんよぉっ!」
ファーミは魔獣に斬りかかった。
「揺れてんな……」
魔物使いボンボが現状を端的に述べた。迷宮最下層は曲がりくねった一本道だ。勇者パーティーが魔物たちを倒して切り開いた道は、そのまま無人のコースとなっていた。そのなかをコロコ、ラグネ、ボンボは走っている。
武闘家コロコが落石を避け、ときに拳打で砕きながら、先頭を駆けていった。ボンボが軽口を叩く。
「『たくましい武闘家としてはもっと全力で疾走したいところだが、そうではない後続のふたりに気を使って速度を落としています』……ってところか」
「ボンボって本当、くだらないこと指摘するよね。それよりこの振動、きっと勇者たちが戦ってるのよ。おそらく、最後の部屋に棲む迷宮のあるじ相手にね。急ごう」
僧侶ラグネは息を切らしつつ、脇腹の差し込むような痛みに耐えて、どうにか走る。
僕をとことん冷遇し、遂には見捨てた勇者一行。それでも、誰も死んでほしくなかった。魔法使いロンのような悲劇は、もう二度と起こしたくないんだ……!
ファーミとコダインは、足元に転がる青い血液まみれの魔獣を足蹴にした。魔人というメインディッシュをたいらげる前の、ほんの前菜という感じだ。それほど圧倒的な、魔獣ドラクソスへの勝利だった。
「おのれ……!」
魔人ソダンが椅子から立ち上がる。両目は青く血走り、筋肉の鎧は怒りでより一層パンプアップされた。黒い波動のようなものが全身から立ち昇る。
ファーミは初戦の勝利に気をよくして、迷宮のあるじを口汚く罵倒した。
「おいそこの馬鹿野郎。でけえだけのペットを殺されてどんな気分だ? 悔しいか? 悲しいか? ぎゃははは、間抜けの不細工ヅラが泣きそうじゃねえか!」
腰ぎんちゃくのコダインがげらげら笑う。
「がははは! ファーミさん、さっさとこのスカタンを殺して凱旋と行きましょうや!」
「そうだな、街の連中にこのソダンとやらの生首を見せて回るとしようぜ!」
そのときだった。魔人ソダンの周囲に、球状の何か薄い膜のようなものが展開されたのだ。ファーミが目をぱちくりする。何だ、結界か?
ソダンが両手の爪10本を鋭く延ばした。白い牙をむく。不敵に笑った。
「我が力を受けよ。おのれの力を過信しうぬぼれたたわけものどもよ……!」
ファーミは勇敢な冒険者に与えられる『勇者』の称号を持つ、ただひとりの人物である。さすがにソダンの強さを肌で感じた。正確にいえばぞっとしたのだ。仲間に叫ぶ。
「いつもどおりでいくぞ! 気を引き締めろよ!」
「おう!」
ファーミとコダインがソダンに襲いかかった。背後ではシュゴウとアリエルが呪文を唱える。巨大コウモリを片付けた際の連係攻撃を再現しようというわけだ。
だが。
「何っ!?」
ファーミの「斬れないものはない」といわれる『勇者の剣』が、魔人の結界に当たってはね返されたのだ。まるで分厚い鋼鉄の壁を殴打したような、そんな痛みがファーミの両手に走る。
「くそっ、何だこいつの結界は! おいシュゴウ、例のやつをやれ!」
「任せてください! 『空刃』の魔法!」
切れ味抜群の真空の刃が、魔人の結界を貫通する。それは迷宮のあるじの肩を深く切り裂いた。
「は、ははっ、どうだ! わいの魔法は!」
シュゴウはひきつったように笑った。自分の攻撃は有効だと分かり、安堵で気がゆるんだらしい。しかしその笑いは、新たな恐怖によって数瞬でぬぐい去られた。
魔人の肩の傷があっという間に塞がったからだ。呆然とするファーミたちの前で、魔人は失笑する。
「我の自己修復能力を甘く見たようだな。一瞬でも勝てると思ったか? 笑止」
魔人が手刀を作り、大きく振り下ろした。結界に縦の傷ができる。
「は……」
シュゴウが脳天から股下まで、真っ二つになっていた。魔人は『空刃』の魔法を、ただその片腕を振っただけで完璧に真似たのだ。




