0039旅芸人と操り人形09(2146字)
ミルクは『白骨死体』という言葉に食いついた。それこそ腹を空かせた獣のように。
「その、あんたが見たという死体について、詳しいことを教えてくれないかね? ひょっとしたら、って思うところがあるんだ」
リクエストを受けて、ラグネは7年前の詳細を語った。
「ええと、僕の目の前に、派手な服を着た白骨死体が横たわっていました。死んでから時間もないのか、皮膚も肉も残っていない、完全な骸骨でした」
ミルクが目を見開く。わなわなと手を震わせて、口元を押さえた。
「フォーティ……!」
えっ? 魔法使いフォーティ!? ミルクを旅芸人一座に誘い、奇術のような魔法を駆使して人気者だった、フォーティが――あのときの白骨死体だとでもいうのか。
ミルクは間を空けつつも、しっかり口にする。
「服は綺麗なままで、人体だけ完全な白骨になるなんて信じられない。だよね、リブゴー」
「ああ、そうだな。たいていはその過程で衣服も朽ちるはずだ。少なくとも目で見て派手だと分かる状態ではなくなる」
ラグネは口を差し挟んだ。
「あの、するとどういうことになるんでしょうか……」
ミルクが腕を組んで、当時の状況を推理し始める。
「荒野に捨てられた、魔法人形のラグネ。それを老衰死寸前のフォーティが発見する。奇跡的な偶然によるめぐり合わせじゃないだろうね。人形には左胸に赤い宝石が埋め込まれ、そのときも鼓動していたはずだ。きっとフォーティは魔法使いとしてのたぐいまれなる才能で、その鼓動を聞き分けたんだろう」
世界で2度目の成功例。それがラグネという生きた人形だ。魔法のことはよく分からないけど、ミルクの言うとおり「鼓動を聞き分け」たとでも考えないかぎり、荒野で人形を発見することはできなかっただろう。
ミルクは続ける。
「フォーティはラグネのそばに降り立った。自分の死期は近い、と考えている彼女が何をしたか。おそらくは、人形に自分の膨大な魔力を注ぎ込んだんだろう。いや、魔力だけじゃないね。たぶん生命そのものまで注入したのさ」
彼女は組んでいた腕を解き、額を指で押さえた。
「そうした結果、人形は血と肉と骨を与えられ、少年の体を得たんだ。それがあんただ、人間のラグネ」
それが……僕!? ラグネは思わず左胸を押さえる。温かい。脈打つこの感触は、心臓ではなく、魔法の紅玉によるものだったのか。
リブゴーがあぐらを組み直す。顔をつるりと撫でた。
「すると、魔力と生命を差し出したために、フォーティはあっという間に白骨化してしまったってわけか。なるほどな。それならラグネさんの前に白骨死体があったのも納得がいく。それはフォーティの最期の姿だったわけだ」
幕舎のなかは重苦しい沈黙に支配された。それぞれが思い思いに、浮き彫りにされた事実を噛み締めている。そのなかでもっとも深刻に悩んでいたのはラグネだった。
僕はミルクさんによって作られた人形。魔法使いフォーティさんによって人間にされた、人造人間……。ははは、つまりは魔物みたいなものじゃないか。魔物が魔物を狩っていたわけだ、今まで。まるで笑劇だ。
……でも待って。今の話じゃ、僕がマジック・ミサイル・ランチャーを使える理由らしきものには踏み込んでいない。僧侶としての素質もそうだ。そこは分からないままなんだ……
コロコさんやボンボさんは無言のままだ。ともかく僕は静寂を打破した。
「ミルクさん、リブゴーさん。僕はどうやら本当に魔法人形だったようです。今のお話をうかがって、事実に違いないと確信しました。でも、人形だろうが人間だろうが、ミルクさんの息子には変わりありませんよね? 7年ぶりの再会を祝して、公演が終わった後でいいんですが……一緒に食事を取りませんか? 積もる話もあるだろうし……」
「断る」
ミルクの返事はにべもない。彼女はきついまなざしでラグネを縛り付けた。
「会えたことはいいことさ。けれど、自分が愛したのは魔法人形のラグネだ。人間になっちまったあんたじゃない。むしろ、もう人形のラグネに会えないと分かってがっかりしているところだよ」
ラグネのこめかみを汗が一筋伝い下りた。それをリブゴーが痛ましそうに見守っている。
ミルクは最後通牒を突きつけた。
「悪いけど帰ってくれないかね? あんたを見てると虫唾が走るんだ。もう会いにこないでくれ!」
ラグネはその語勢の強さにすくみ上がる。
「で、でもミルクさん、僕は……」
「いいから! 出ていきなっ! この『出来損ない』がっ!」
ラグネはその残酷なとどめに、とうとう耐え切れず涙を流した。そして幕舎からまろび出ると、一目散に逃げていった。
「ラグネ、待って!」
「落ち着け、ラグネ!」
背後からコロコさんとボンボさんの声が聞こえてくる。それでも僕の足は止まらなかった。
彼がいなくなったテント内で、リブゴーが立ち上がる。すっかり凝ってしまったといいたげに、うめきながら腰を伸ばした。
「本当にこれでよかったのか、ミルク。彼は冒険者だ。わしたちは旅芸人だ。今回は神さまがご褒美みたいに会わせてくれたが、今後はどうなるか分からない。むしろラグネさんは我々を避けるだろう。二度と会う機会はないと考えたほうがいい。それでいいのか?」
ミルクは無言で目尻をぬぐう。そして、リブゴーにある提案をした。
「今日の人形劇、少し脚本を変えていいかい?」