0038旅芸人と操り人形08(2218字)
「ううう……うあああぁ……!!」
両膝をついてひたすら泣きじゃくった。こんなに悲しくて絶望的なことがこの世にあるのかと、信じられない思いだった。サイダがあたしの背中を優しく撫でてくれたけど、そんなものは焼け石に水だった。
あたしは奥歯を噛み締めると、サイダの手を振り払って、転がるように外へ出た。サイダが追いかけてくる。
「待てっ! どこへ行くっ!?」
「決まってる! ラグネを捜しに行くんだ!」
今思えば、あのときのあたしは気が狂いかけていたんだね。人の足で荒野をひとり戻り、どこにいるかも分からない魔法人形を捜そうってんだからさ。
あたしは走った。泣きながら、うなりながら、全力で。だけどすぐにサイダにつかまえられた。
「ミルク、正気に戻れ! いくらなんでも無理だ!!」
「放せっ! あたしのラグネが……ラグネがぁ……っ!」
「もう諦めろ! ラグネはもういないものと考えるんだっ!」
「この裏切り者! 放せ、放せぇ……」
あたしは嗚咽しながら、はるか荒野の果てに捨てられたラグネを思い、その方向へ手を伸ばした。
当然、それは何もつかめなかった――
一時の狂乱が過ぎ去ると、あたしは今度は四六時中泣き喚いた。馬車に揺られながら、ラグネとの楽しかった日々を思い出しては涙をこぼす。その過程で、あたしの性格はねじ曲がっていった。
サイダが毎日あたしのもとへきて、機嫌を取ろうとする。
「ミルク、りんごの果実だ。一緒に食べよう」
「いらないね。あんたみたいな裏切り者と食うなんて、へどが出そうだわ」
「じゃあ酒を飲もう。嫌なことも忘れられるぞ」
「お前がどの口で言ってるんだ!?」
あたしは座長を怨み、仲間を敵視し、そして恋人を憎んだ。最初は黙って耐えていたサイダも、やがてあたしへの愛情を失っていった。それはもう、あからさまにね。
ある日、サイダは切り出した。沈痛な面持ちで……
「別れよう」
「勝手にすれば?」
それだけだった。あたしとサイダの蜜月は、そのときをもって幕を閉じたんだ。
その後、サイダがルモアの街で一座を離れ、そこの冒険者ギルドの職員に転身したと聞いたときも、別にどうとも思わなかった。
魔法使いフォーティの紅玉がなければ、ラグネのような生きた人形は作れない。あたしは人形作りをやめた。そして今あるものを修理しながら、自分の寸劇を観客に喜んでもらえるよう、改めて気合を入れ直したんだ。
それから7年が経った今年。
ルモアの街に立ち寄り、芸を披露した後、ギルドマスターのスールド――サイダから名前を変えていた――に再会した。お互い老けてて、何となしに苦笑を交わし合ったよ。
「久しぶりだね、サイダ」
「その名はよせ。久しぶりだな、ミルク。こうしてまた元気で会えるとは思ってもみなかった。仕事は順調そうだな」
「あたしはあんたと違って芸がないからね。一座を抜けられないのさ。食うためには稼がなきゃならないからね」
「ところで、ラグネは見つかったか?」
あたしの胸がずきりと痛んだ。
「いいや。あれからあの荒野を通ったことはないんだ。思い出させるな、サイダ」
「実はとっておきの情報がある」
サイダが身をかがめ、小さい声でささやいた。
「ラグネという名の冒険者がいるんだ。年は18歳の、な。職業は僧侶だ」
あたしは仰天した。
「何だって!?」
「しかも銀色の玉ねぎ頭というおまけつきだ」
ますますあのラグネ――魔法人形のラグネじゃないか。
でも……
「人間なんだろ?」
「ああ。そこがよく分からないんだけどな。どうだ、会ってみるか?」
「居場所を知ってるのかい?」
「『アンドの街』へ向かうみたいだ。『ミルク』、お前に会うためにな」
「ええっ? あたしを捜しているのかい?」
「どうやらそのようだ。会いに行くも行かないも、お前の自由だ。ただ今回の機会を逃したら、次はいつ会えるか分からんぞ」
あたしは考えた。出た結論はひとつだった。サイダと別れると、あたしはリブゴーのもとへ向かった。あたしの里帰り興行も兼ねて、次の目的地を『アンドの街』に変更するよう進言するためだ。
そしてそれは、受け入れられた――
長い話が終わった。ミルクはラグネを見て驚く。
「何だあんた、泣いてるのかい?」
ラグネは自然と泣けてしまっていた。魔法人形のラグネと引き離されたミルクの悲哀に、あんまりにも可哀想だと思って……
コロコとボンボは、黙って今の話を噛み締めている。ラグネはミルクの話した情報の数々を、まずは整理しなくてはならないと考えた。
「ごめんなさい。ちょっと時間をください」
まずは、こうしてリブゴー一座がアンドの街にやってきたのは、偶然ではなかったということだ。ラグネがミルクを捜しに来たのと同様に、彼女もまた自分を捜しに来たのだ。
次に、ルモアの街のギルドマスターのひとり、スールドは、ミルクの元恋人サイダだったということ。だから魔法人形と同じ名前を持つラグネに対し、父親のような視線を向けてきたわけだ。
続いて、ミルクの作った人形ラグネ。僕と同じ名前で、荒野に捨てられた。自分は血も肉も骨もある人間だ。しかし人生の始まりは、自分ひとりで記憶もなく荒野に立っていたところから始まっている。
こんな偶然があるのだろうか。
「あの……」
「何だい?」
「僕は『ラグネ』『ミルク』『アンドの街』の三つの名詞しか覚えていませんでした。そして、なぜか荒野に突っ立っていて、目の前には誰かの白骨死体がありました。それ以前の記憶は一切ないんです。これはいったいどういうことでしょう?」