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0037旅芸人と操り人形07(2157字)

 それは晴れた日も。


「どうだラグネ、見えるか? あの山はこのロプシア帝国のなかでも最高峰と呼ばれているんだぞ」


『うん、見えるよ。でっかいね!』


「そうだろう、そうだろう」


「ちょっとサイダ、ラグネを独占しないでよね。あたしにも貸してよ」


 それは雨の日も。


『服が濡れちゃって気持ち悪いや』


「今取り替えてあげるわ。それにしても、魔法人形の体でも、やっぱりそう感じるの?」


『うん。体が湿って妙な感じがするんだ』


「はい、替え終わったわよ」


『ありがとう、ママ!』


 それは風の日も。


「ラグネ、今日は強風だから、あたしの服のなかに入っててね」


『うん』


「ははは、ミルク、まるで胎児を抱えた妊婦みたいだな。そうしてみると、やっぱりお前はラグネの母さんなんだな」


「そんなの当たり前でしょ。ほら、仕事仕事」


 3人は幸せだったね。その幸せは、世間一般のものとは全然違うけれども、確かに存在していたんだ。


――そう、あの日までは。




 その日は次の街への移動で過ごした。珍しくあたしとサイダが馬車の御者となり、ラグネは落とすと危ないからと、荷台の荷物のなかにしまっていた。目を離していたんだ。


 そして、その日の夕方、野営の準備をしていると……


「ない! いない! ラグネがいない!」


 あたしは自分の鞄のなかに、ラグネの姿がないことに気づいて半狂乱となった。大慌てで鞄をひっくり返したり、ほかの場所も捜してみたけれど、どこにも魔法人形は見当たらなかった。


「サイダ! サイダ、どうしよう! ラグネがいなくなっちゃった!」


 サイダもまたこの凶報に取り乱した。


「何だと!?」


 しかし、さすがにふたり揃ってあたふたしてても仕方ないと気づいたんだろう。あたしより早く冷静になった。


「落ち着けミルク。ふたりで手分けして捜すんだ。いないはずがない。確かに荷物に納めておいたんだろう?」


「それは間違いないわ。誰かが鞄のふたを開けないかぎり、なくなるはずは……」


 そこまできて、あたしは重大な事実にようやく気がついた。そうだ。何者かが鞄の中身を(あさ)らないかぎり、ラグネはなくなるはずがないんだ。


 そしてもうひとつ。今日はあたしとサイダがそろって馬車の御者を務めた――かつてないことに。そうしろと命じたのは、ほかならぬ座長のリブゴーだ。


「リブゴー! あいつの仕業だ! あいつがあたしとサイダをそろってラグネから引き離したんだ! あたしたちからラグネを奪うために……!」


 あたしたちはリブゴーの幕舎に詰め掛けた。彼は横になって本を読んでいた。あたしたちの剣幕に書を閉じて起き上がる。潰れていないほうの左目が、このとき暗くよどんでいた。


「何のようだ、ふたりとも」


「『何のようだ』!? ラグネを返せ! あんたが奪ったことは間違いないんだ!」


 あたしが怒鳴ると、サイダも加勢してくれる。


「リブゴー、俺たちのラグネが、あんたに何か悪いことでもしたか? ここは大人しく返したほうが身のためだぞ」


「捨てた……」


 それはぞっとするような告白だった。あたしは冷たい手で心臓をわしづかみにされたような気分になる。


「捨てた!?」


「ああ。今日の朝、出発してすぐに、荒野へ投げ捨てた。お前たちの人形を鞄から取り出して、な」


 あたしは膝の力が抜けて、その場にへなへなと崩れ落ちた。涙があふれて止まらなくなった。サイダがリブゴーに詰め寄り、その襟首をつかみ。


「きさま、何てことを……!」


 今まで聞いたこともないような、サイダの憎悪に満ちた声。そのままリブゴーを殴り殺したとしても、何ら不思議じゃなかっただろう。


 だがリブゴーは続けた。


「悪かった。本当にすまない。だがこれも俺たち――旅芸人リブゴー一座のためだったんだ。許してくれ」


 彼はその後、事情を説明した。


 あたしがラグネを得てから――いやそれより先、魔法人形の制作に躍起になりだしてから、明らかにあたしの人形劇のパフォーマンスが下がっていた。そして完成したらしたで、今度はサイダと気味の悪い親子ごっこをやり出す始末。一刻も早くラグネとやらのもとに戻りたいのか、日々の興行の演目をないがしろにした。


 人形の声とやらが聞こえないリブゴーたちは、ミルクとサイダを狂人とみなして、近づくのも恐れるようになっていた。旅芸人としての勤めを果たさないふたりに、いつしか追放論が芽生えていた……


 あたしとサイダは唖然としたね。そこまで状況が悪化していたなんて、まるで気づいていなかったからさ。


 サイダはリブゴーを放した。彼は()き込みながら、ふたりがこの一座にとどまるための、これは最終手段だったと告白した。


「非道は百も承知だ。しかしこれ以外の方法は考えられなかった。もう一度言う、許してくれ」


 今度はあたしがリブゴーにつかみかかった。押し倒して両手で喉を締め上げる。指の爪が食い込むほど、強く、強く。


「殺してやる!! よくもラグネを……! ラグネを……!」


「が……ぁ……っ!」


 けれどもあたしの絞殺は、サイダに羽交い絞めにされて未遂に終わった。


「落ち着け、ミルク! 座長を殺したら一座は終わりだ! 落ち着くんだ!」


「放せっ! サイダ、放せよぉっ!」


 しかしサイダの馬鹿力には勝ち目がなく、やがてあたしはリブゴーを殺すのをあきらめた。体中の力を抜いてうなだれる。号泣なんてものじゃなかった。羽交い絞めを解かれると、あたしは慟哭(どうこく)して、両手で顔を覆った。

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