0036旅芸人と操り人形06(2232字)
「どうやったら作れるの? あたし、赤ちゃんが欲しいのよ。今すぐにでも……!」
フォーティはあたしの勢いに苦笑した。
「あたいがミルクの作業道具に必要な魔法をかけるわ。それで人形を作った上で、この――」
彼女はまん丸の小さな宝石を取り出す。赤く透き通っていて、日光をよく反射した。綺麗だな、と思ったよ。
「この魔力の塊――『核』を人形の左胸にはめ込むの。うまくいけば鼓動が始まるわ。そしてしゃべり出すようになる。ぜひ二回目の成功例を世界に示して。ね?」
あたしは『核』を手にして、たとえ人形であっても、我が子を作り出すことを心に決めた。
「ありがとう、フォーティ。あたし、頑張ってみる!」
その日からあたしは変わった。公演の寸劇は行ないつつ、それ以外の時間をすべて人形作りに注ぎ込んだ。まだ恋人でいてくれるサイダは、少し休んだほうがいい、と何度も忠告してきたわ。でもそれをありがたく断って、あたしは人形の失敗作を山のように積み上げていったんだ。
別れもあった。フォーティが年齢を理由にリブゴー一座から抜けたのさ。
「最期の姿は誰にも見られたくないの。リブゴーとその仲間たちに幸あらんことを」
そうして彼女は風のように去っていった。あたしは人形作りに没頭した。
それから数年が経ったころだった。あたしの病的なまでの努力はとうとう結実したのさ。
いつものように自分とサイダの幕舎で、夜遅くまで人形制作に没頭していたときだった。たまねぎのような銀髪と白い服が特徴の作品を完成させ、左胸の穴に紅玉をはめ込む。
すると……
「動いてる……『核』が……!」
目の錯覚でも気のせいでもない。赤い宝石は確かに、人間の脈拍のように動き始めた。
それだけじゃない。
『ア……ウ……ア……』
「しゃべった!?」
あたしはその人形を両手ですくい上げた。必死に呼びかけたよ。
「もう一度、もう一度しゃべって! お願い!」
『ア……ア……』
あたしは横で眠っていたサイダを叩き起こした。彼は寝ぼけまなこをこすりつつ上体を持ち上げる。
「ん? どうした、ミルク……」
あくびする彼に、あたしは人形を突きつけた。
「聞いてよ、ほら!」
『ア……ウ……オ……ア……ン……』
サイダは少しの間呆けていた。そして状況を理解すると、両頬を平手打ちされたみたいに覚醒した。
「しゃべってるのか!? こいつが!?」
「そうよ! あたし、ホントに意思を持つ人形――『魔法人形』を完成させたのよ!」
あたしはあまりの興奮と感動に、涙を流して喜んだ。サイダは私から人形を手渡されると、その声に、その鼓動に、感激の嗚咽を漏らす。
「きっと神さまが、俺たちをあわれんでこいつを授けてくださったんだ。……名前はもう決めたのか?」
「……『ラグネ』」
サイダはきっちり3回まばたきしたよ。
「『ラグネ』? 変わった名前だな。何か意味があるのか?」
「ううん。ほかにない名前がいいなって、ずっと前から考えてたの。まさか実際に名づけられる日が来るとは、夢にも思わなかったけどね」
『ア……ヴ……エ……』
あたしたちは苦笑した。
「今、自分の名前を話したのかしら?」
「きっとそうだ。こいつは頭がいい子だぞ」
あたしはまぶたが自然と重たくなってきたのを感じたよ。眠かったんだ。
「明日、リブゴーたちみんなに見せて回ろうよ。あたしたちの子だってね。今日はもう遅いし、このまま寝ましょう」
「ああ、そうだな」
あたしはラグネの手を掴みながら、極度の疲労と達成感、そして幸せとで、泥のように眠った。
「聞こえない?」
あたしはリブゴーたちの引きつった顔を見渡した。誰も彼も、気味悪そうにあたしとサイダ、そしてラグネに視線を向けていたよ。
『ラ……グ……ネ……』
「ほら、今ラグネって言ったじゃない! 聞こえないの!?」
リブゴーは申し訳なさそうに首肯した――その目にあからさまな恐れを浮かべて。
「俺の耳には何も入ってこないぞ。悪いが何の冗談だ? 人形がしゃべるなんて、そんなことあるわけないだろう。どうしちまったんだ、ミルクも、サイダも」
あたしは胸元に抱いている人形を見下ろした。
『マ……マ……』
今朝覚えさせた言葉。『母親』が必ず覚えさせる言葉――。あたしはリブゴーたちに怒鳴った。
「もういい! いいわよ、あたしたちしか聞こえなくて! 行こう、サイダ!」
「あ、ああ」
なぜ魔法人形の言葉は、産みの親のあたしと、あたしに愛を傾けてくれるサイダにしか届かないのだろう。だけど、当時のあたしはそれでもよかったんだよ。むしろ、サイダとしか共有できないラグネという存在に、改めていじらしさを感じたほどだった。
それからは充実した日々を送った。あたしとサイダはふたりきりの幕舎で、毎日ラグネに言葉を教え、愛を教え、人間を教えた。このときが一番充実した時間だったね。
『パパ、僕は男の子、女の子、どっち?』
「いい質問だ。お前は男の子だ。そうだな、ミルク?」
「もちろんよ。あたし、男の子が欲しかったもの」
『何で僕は木の体なの?』
あたしは少しためらいがちに答えた。
「それは、ラグネが特別だからだよ。お前はほかの人間とは違う、魔法人形という生き物なんだ」
『僕、人間になりたい。魔法人形もいいけど、やっぱり、パパやママと同じ人間がいい』
「それは……」
サイダが助け舟を出してくれたよ。
「俺やママはむしろ魔法人形になりたいぞ。お前がうらやましくて仕方がないくらいさ」
『ホント?』
「ああ、本当さ」
「いつか3人で、あたしの生まれ故郷『アンドの街』に帰ろうね。きっとラグネも気に入るはずよ」