0035旅芸人と操り人形05(2243字)
「ちょっとお嬢ちゃん、操ってみせてくれませんか?」
「は、はい!」
あたしの操作術を確認しておきたかったんだ。あたしはすぐに元気を取り戻し、器用に動かしてみせた。
すると――フォーティは満足そうにうなずいた。
「すごい、まるで人形が生きているみたいですね。その技術、発揮しないのはもったいないですよ」
「あはは。あたしもリブゴー一座さんに入ったらいいんですかね」
「ええ、そうしたほうがいいと思います。これは冗談抜きで、です」
あたしが彼女を見直すと、そこには生真面目な瞳があった。宝石のような銀色のまなこ……。あたしも笑みを引っ込めた。
「そのほうがいいでしょうか」
「もちろん。この街を捨てて一座に加わり、旅芸人としてあたいたちと一緒に世界を回る気はありませんか? これは本気で申しているのです」
あたしはごまかして笑おうとしたよ。でも、どこかでその言葉を待っていた自分がいることに気がついていた。どうにも笑えなかったね。
「でも、あたしにはこれしか……人形を作って動かすぐらいしか能がありません。それで芸になるでしょうか?」
「人形に芝居をさせるんですよ。他人の朗読に合わせて、ね。それなら誰もがほめてくれる芸になりますよ」
それはもう、熱烈な勧誘だったさ。あたしはぐらぐら揺れたね、地震でも起きたみたいに。
当時のあたしには、実家の手伝いや縫い子の仕事があった。それに14歳ということで、もう親から嫁ぎ先を決められてもいた。来年には正式に結婚することになる。好きな人形作りももうできなくなる可能性があった。
だからこのフォーティの話には、ものすごい魅力と誘惑を感じたんだよ。彼女はあたしに告げた。
「あたいたちは明日早くにはここを発ちます。それまでに考えておいてくださいな。それじゃ、この人形はありがたくいただいておきますね。感謝します」
あたしは待たせておいた家族のもとに戻り、一緒に家に帰った。その間も考えていたのは、あの素晴らしい芸の数々と、フォーティの誘いのことだったね。
みんなに話せば、きっと反対される。父母や兄や姉はきっと、あたしを柱に縛り付けてでも行かせないだろう。そう思うと自然と無口になってしまったよ。へたに口を開くと、ぽろぽろしゃべってしまいそうだったからね。
あたしは一応、就寝前に父さんに聞いた。
「ねえ父さん、あたしが糸操り人形の専門家になりたいって言ったら、どうする?」
答えは明瞭だった。
「引っぱたいてやめさせるよ」
これであたしは決心がついたね。
翌早朝、あたしは『さようなら、またいつか』とだけ書いた羊皮紙を、自分の部屋の机に置いた。そして工具類と材料をかばん一杯に詰めて家を出た。もう二度と戻ってこない家や街の風景を心に焼きつけながら、走って広場へ向かう。
一座はちょうど、馬車にすべての荷物を積み終わって出発するところだった。空は青く澄み渡っていたね。
「ぎりぎり間に合いましたね、お嬢ちゃん」
荷馬車の一台に乗っていたフォーティが、あたしの手をつかんで引っ張り上げる。
御者を務めている座長が、振り返ってあたしに笑顔を見せた。
「ようこそ、旅芸人リブゴー一座へ! さあ、出発だ!」
旅芸人一座は客から蔑まれつつも、その芸術的ともいえる芸の数々で、結局は彼らを魅了した。あたしは操り人形の寸劇で拍手喝采をもらい、今までの人生が何だったのかと思えるほどの高揚感と幸福感に満たされた。旅は続き、やがて1年が経過した。
そんなときだった。
「なあミルク、俺と付き合わないか?」
そんな言葉を投げかけてきたのは、神秘的な顔立ちで筋肉ムキムキの、サイダという同僚芸人だった。前から知ってはいた――口笛と筋力で観衆を魅了する、背の高い男。あのころのあたしは自分の芸を磨くことに没頭していたし、特にサイダにも関心はなかったよ。
それが、いきなり「付き合わないか?」だとさ。あたしはびっくりしたね。まさか好意を抱かれているとは青天の霹靂だ。でもあたしも男に無関心でいられる年齢じゃなかったし、4歳年上の彼に言われて悪い気はしなかった。
「あんたと付き合うと、何か得することでもあるの?」
「毎日が刺激的になるぜ」
「ほかには?」
「全力でサポートしてもらえる」
あたしはけたけた笑った。取りあえず合格点かな? ってね。
「いいよ。付き合おう」
こんな軽いノリであたしとサイダはカップルになった。まあ、いい男だったね。付き合ってすぐ肉体関係になった。そのときは、将来子供を何人持ちたいかで議論したものだったよ。
しかし幾多の歳月が流れても、あたしが妊娠することはなかった。
「意思を持つ人形――『魔法人形』というものがあるのよ」
フォーティはだいぶ腰が曲がったものの、いまだ健在だった。ある日の昼食で、彼女はそう切り出したんだ。あたしが女としての自分にすっかり落胆していたときだった。
フォーティは耳に吹き込むように続けた。
「赤ん坊が産めないなら、その代わりを作ればいい。幸いミルクには人形を制作する才能がある。それを生きてるかのように動かす技術もある。できないことじゃないわ」
あたしはその言葉にすがるように彼女へ問いかけた。見る人によっては錯乱状態にとらえられたかもしれない。
「意思を持つ!? そんな人形を、あたしが作れる!? 本当なの!?」
「ええ。大昔、ある人形職人が一回だけ完成させることができてね。その記録があるのよ」
あたしはきっと子供が産めない体なんだ。このままではサイダとも別れなきゃならなくなる。その焦りが、あたしの背中を強烈に押したのね。