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0034旅芸人と操り人形04(2327字)

 あたしは41年前、このアンドの街で、父フリードと母ヒョーキの間に生まれた。タズ兄さん、ゾーク姉さんの後に続く次女として、健康的に出生したそうだよ。


 何しろ農家なんでね。6歳になると仕事を手伝わされるようになった。秋の収穫が終わると、縫い子としての修行も始まってね。「子供だから手際が悪くてもしょうがない」ってのは通用しない。それは厳しい注意を受けながら、あたしは必死に食らいついていった。


 そんな生活が4年ほど続いたころだ。父さんが日頃の仕事のご褒美(ほうび)だっていってね。市場で何かひとつ、おもちゃを買ってくれることになった。どうせなら長く遊べるものがいいじゃない。あたしは何にしようか迷ったのさ。


 そんなときに運命的に出会ったのが、糸操り人形だった。売ってる傀儡師(くぐつし)がまた見事に商品を操ってね。ひとつ芸を見せた後、見物人の拍手喝采をもらって、それで言うんだ。『みなさんも人形をご購入いただいて、ぜひ家族や友達を喜ばせてあげてください!』。


 あたしはすっかり魅せられたよ。帰り道では、手に入れたばかりの糸操り人形を動かして楽しむ、あたしの姿があったというわけさ。


 なぜこの出会いが運命的かってね、この幕舎のなかを見れば分かるだろう? そう、あたしは人形を扱うだけでなく、作ることにも興味を持ったというわけさ。


 あたしは隙間時間を使って、数々の失敗作を生み出しながらも、どうにかこうにか人形を作成する技術を構築していった。3年も経つと、市場での売り物や親戚縁者への贈り物として、見栄えのいい糸操り人形を完成させられるようになっていた。




 そして27年前、あたしが14歳のとき、このアンドの街へ今日と同じようにリブゴー一座がやってきた。リブゴーもまだ39歳と若かったねえ。仕事に厳しいのは当時からで、本番前は今のように外部を遮断して、みんなにそれぞれ稽古させていたっけ。


 あたしは開演となる夕方に向け、ワクワクが止まらなかった。こんな田舎町に旅芸人一座が来てくれて、ものすごい芸を披露してくれる。それだけでもたまらないのに、何でもこの一座には高名な魔法使い『フォーティ』もいるとかいう。


 もちろんあのころでも、冒険者ギルドに登録している魔法使いや僧侶が、たわむれに魔法を見せてくれることはあった。でも今回の女魔法使い『フォーティ』は、彼ら彼女らとは桁が違う。かつてロプシア皇帝の御前で芸を披露したとき、そのあまりにも巧みな魔法に、以後の勝手御免を許されたほどだという。


 あたしがどれほど興奮していたか、分かろうというものじゃないか。


 そして夕方。あたしは父さんと兄、姉とともに講演会場となる広場へ向かった。投げ銭用の100カネー硬貨を多数抱いていたのは当然としても、あたしはとっておきの糸操り人形も持ち込んでいた。


 もし伝説の魔法使いフォーティの技術が想像以上のものだったら、大事なその人形をあげてもいいと思っていたんだ。まったく、うぬぼれもいいところだったんだけどね。


 広場では四方に火が()かれていて、この街のほとんどの人たちが見物に来ていた。まずはハープの演奏と、それに合わせたダンスから始まった。朗読屋の大きな低音の声がよく響いてね。特別な時間が始まったんだと、あたしたちは歓喜した。


 それからは夢のようなひとときが続いた。炎を吹き出す太っちょだとか、演者の肩の上に別の芸人が立って奇抜な体操をしたりだとか、8個の球をお手玉する人だとか、子供にも分かる悲喜こもごもを表現したお芝居だとか、みんなでおひねりを投げて拍手喝采したもんだ。


 そして――魔法使いフォーティがおおとりを(つと)めた。派手で奇抜な服装をしていたね。残り少ない髪の毛は紫色に染めて、銀色の両目は増やしたまつ毛で挟んでいた。ややこけた頬は紅を塗って盛り立てている。あのときでそうだね、63、4歳ぐらいだったかな。


「このフォーティが織り成す魔法の奇跡の数々、とくとご覧あれ!」


 それは素晴らしいショーだった。光の粒で宙に天使の絵を描いたり、炎の輪を3つも重ねて浮かび上がらせたり、かと思えば不思議な生き物『巨大ガエル』を召喚したり、老人の観客を招いて髪の毛を真っ黒にしてみせたり、自分自身が空を飛び回ってみせたり……


 軽妙な話術とテンポよくたたみかける魔法の数々は、もうほかのものには真似できない境地に達していたよ。彼女が芸を締めくくり、仲間たちとともにお辞儀したときは、「もう終わるのか」という寂しさしかなかったよ。


 もちろんあたしは、大事な人形をフォーティにあげようと決心していた。でもおひねりに混じって投げるのは嫌だった。それで作品が壊れたら嫌だし、何よりちゃんとフォーティの目を見て感謝を述べて、そのうえで直接渡したかったんだ。


 町民からの万雷の拍手を浴びて、演者がおひねりを拾い集めている。その最中に、あたしは彼女へ近寄った。


「あの、フォーティさん!」


 大魔法使いがこちらへ銀色の両目を向ける。腰が痛いのか、億劫(おっくう)そうにしていたね。


「はい、何ですかね、お嬢ちゃん」


 当時すでに老いていた彼女だったが、愛嬌(あいきょう)のよさはいささかも失ってはいなかった。


「す、素晴らしい芸の数々、本当に最高でした! 見れて感激しました! ……あの、これはあたしの作った人形です。よければどうぞ受け取ってください!」


 品物を両手で差し出す。フォーティは受け取り、早速木の操作板を使って動かしてみた。その顔がいかにも楽しげにゆるむ。


「ほうほう、はいはい。これは上出来な人形ですね。これ、お嬢ちゃんひとりで作ったの?」


「はい、自分で全部。趣味なものですから」


 彼女はあたしに人形を返してきた。えっ、と思ったね。受け取りを拒否されたのかと、一瞬半泣きになったよ。でもそうじゃなかった。

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