0032旅芸人と操り人形02(2226字)
コロコたちは厚遇され、温かいスープを供される。農家の肉の断食が終わったためか、それには鶏肉が入っていた。3人ともありがたく頂戴する。美味だった。
ゾークは妹のミルクに関して、こんなことを語る。
「ミルクがいなくなったのは、旅芸人のリブゴー一座がこの街を去って次の目的地に向かったときよ。『さようなら、またいつか』とだけ書かれた羊皮紙が、彼女の部屋の机に置かれていてね。私たちは、きっと旅芸人一座に加わっていったんだろう、と思ったわ」
これは貴重な証言だった。27年前、14歳のミルクは、どんな思いで旅芸人一座に飛び込んだんだろう。ラグネは現在41歳になっているであろうミルクが、自分の母親なのではないか、とにらむ。もしそうなら、会えばすべての謎を解いてくれるに違いない。
アンドの街にミルクはいなかった。だがその行き先は知れた。一歩後退のあと二歩前進した気がする。
「必ずミルクさんを捜し出してみせます」
ラグネがそう独語すると、タズに背中をどやしつけられた。
「そうそう、その意気だ! もし会えたら、いつかこの街に戻るよう言付けておいてくれ。……さあさあ、もっと食え食え」
それからは旅の話で盛り上がり、笑いの絶えない食事となった。夜更けとなって解散となると、コロコはテービレの、ボンボとラグネはケンチャの部屋でぐっすり眠る。
翌朝、コロコたちは一宿一飯のお礼として、何か手伝いがしたいと申し出た。
「いい心がけだな。それじゃ庭の草むしりでもしてもらおうかな」
「分かりました!」
タズの要望を聞いた3人は、多少の汚れもいとわず、雑草をクワと手で引っこ抜いていった。
「それにしても、タズさんたちって明るくて話も面白くて、すごく楽しい人たちね」
コロコが手を休めずにこやかに話す。ボンボが根深い草を両手で引っこ抜きつつ賛同した。
「そうだな。おいらの両親も生きていたら、とか思っちまったよ」
ラグネは思わず手を止める。
「ボンボさん、ご両親が……」
「おう。おいらが若い頃に、天国へ旅立った」
そういえばラグネはボンボの過去を知らない。彼はどんないきさつで魔物使いになったのだろう? また冒険者ギルドに登録したのはいつごろなんだろう?
でも、それらをこちらから聞くのは何となくはばかられた。ラグネは草刈りを再開しながら、ボンボが自発的に話してくれるのを待とう、と心に決めた。
昼ごろになった。広い庭はすっかり征服され、綺麗さっぱりしている。コロコたちはくんだ井戸水で手を洗うと、唯一家に残っていたゾーク――右足が悪いらしい――にあいさつした。
「それじゃ、私たちはこの辺で失礼させていただきます。タズさんたちによろしくお伝えください」
「もう行っちゃうの? 寂しくなるわね」
ゾークは残念そうにしながら、でも最後は微笑んだ。
「またいらっしゃい。きみたちならいつでも大歓迎だから」
「はい! ありがとうございました!」
コロコたちはタズの家を名残惜しく後にして、冒険者ギルドへ足を向けた。
と、そのときだった。タズの息子のケンチャが、ぜえぜえ息を切らしながら、こちらへ走ってきたのだ。
「ああ、よかった、まだ出発してない!」
ラグネは目をしばたたいた。どうしたんだろう。
「何かあったんですか?」
ケンチャは脇に差し込みを覚えているのか、そこを必死で押さえた。つばを飲み込み、中腰になってしばらく呼吸を整える。
そして、とんでもないことを告げた。
「き、来てるんだ! ミルクおばさんが加わっていったという、あの旅芸人一座――リブゴー一座が、この街に! ついさっき到着したらしいぞ!」
今度は3人が走る番だった。運よく奇矯な格好をした旅芸人のひとりをつかまえる。複数の町民たちに何か話している途中らしかった。
「す、すみません!」
「ん? 我々リブゴー一座の公演なら、夕方から西の広場だよ。何しろ面白くて、素晴らしい技の数々が……」
どうやら宣伝と案内を兼ねて街中を歩いているようだ。ラグネはすがりつくように尋ねた。
「あの! あなたたちの一座に、『ミルク』なる女性はいませんか? 年のころは41歳の……」
旅芸人は目をすがめた。この質問の趣旨が不明だったからだろう、少し警戒感をにじませる。
「もしいたとしたら、何がしたいんだい?」
「僕はラグネといいます。ミルクさんは僕の生き別れた母親かもしれないんです! 会いたい……会って確かめたいんです!」
ラグネの必死の訴えだったが、旅芸人はまず『ラグネ』という名前に反応した。目を見開いて驚く。
「ラグネ!? きみはラグネというのかい!?」
「は、はい」
むしろ旅芸人の動揺ぶりに、ラグネたちがびっくりしたほどだった。彼は言った。
「ミルクさんもラグネという人形を捜しているんだ。座長のリブゴーさんたちと一緒にいるはずだから、会いに行けばいいよ。場所は集会場だ。急ぎたまえ」
「ありがとうございます!」
『ラグネという人形』という言葉が引っかかったが、今はそこを考えている場合じゃない。ラグネたちは言われたとおりに駆けていく。
旅芸人の一座はなかなかの所帯だった。7台の馬車が並び、すでに5張の幕舎が据えられている。それらを目隠しとして、彼らは小声で演技の練習にいそしんでいた。馬たちは馬立てに繋がれて、ごくごくと桶の水を飲んでいる。
のぞき見してはしゃぐ子供たちをすり抜け、ラグネたちは内側に入ろうとした。そこを60代半ばの老人に妨げられる。禿げ頭に右目の眼帯が印象的だ。肥えてでっぷりとしている。緑色のチュニックを着ていた。