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0031旅芸人と操り人形01(2215字)

(7)旅芸人と操り人形




 アンドの街へは4日の行程だ。馬も疲れたし、1日目の距離は稼いだので、武闘家コロコ、魔物使いボンボ、僧侶ラグネの3人は早々と野営の準備をした。


 鉄鍋に川の水を入れ、上から吊り下げるかたちで火にかける。ぐつぐつ煮立ってきたら、野菜と野草、()き卵、豆、魚を入れてかき混ぜた。これを木の器によそって、コロコの両親からいただいたパンとぶどう酒を配って準備完了。


「いただきまーす!」


 肉がないのがやや寂しかったが、3人はもりもり食べて空腹を満たした。


「ねえラグネ、どう? たぶんきみの故郷であろう『アンドの街』に向かうのは。楽しみ?」


 ラグネはパンをかじりながら考える。自分の出生に関係するかもしれないその街では、いったい何が待ち受けているのだろう?


「――僕は、ずっと怖かったんです。過去を知るのが。だからこの7年間生きてきて、自然にそこから逃げ続けていたような気がします」


 焚き火の炎の揺らめきが、自分の心を反映しているかのように思えた。


「でも、いつまでもそうしていてはいけないと、どこかで踏ん切りをつける必要がありました。それをコロコさんに背中を押されて……。相変わらず恐ろしいのは恐ろしいんですけど、今は2人がいるから、大丈夫というか。……すみません、うまく言えないです」


 ボンボが弾けるような笑顔で、ラグネの肩を軽く叩く。


「大丈夫、きっとラグネの親父とお袋がいて、元気に我が息子を待っていると思うぜ」


 酒を喉に流し込んでから、コロコが同意を示した。


「そうよ、怖がることなんか何もないって。きっと何もかもすっきり解決するはずよ」


 荒野にひとりで立っていたことも、そのとき目の前に横たわっていた白骨死体も、僧侶の資質も、邪炎龍とソダンとホブゴブリンを倒したマジック・ミサイルも――


 果たして、解決するんだろうか。ラグネは不安にとらわれていた。




 長旅を経て到着したアンドの街は、ごく普通の田舎町だった。森の近くにあり、レンガ造りの家が密集して田畑のなかに建っている。農民が馬のくつわを取りながら、重量有輪(すき)をひいていた。中央広場に教会が建設されており、鐘の音がいろいろな知らせを住民にもたらしている。のどかな街だった。


 だが――


「どの風景も記憶にありません」


 ラグネは焦燥にかられる。懐かしい、という感慨はちっとも湧いてこなかった。どこも初めて見る景色だ。


 ボンボがフォローする。


「ま、まあ、7年も経ってるからな。ラグネもシンプルに忘れちゃったんだろう」


 こんな辺ぴな場所にも冒険者ギルドはあって、小さいが機能している。登録を終えた後、3人はギルドマスターの青年と中年ふたりに、『ラグネ』と『ミルク』について覚えがあるかどうか質問してみた。


「ちょっと分からないですね。飲み物じゃないんでしょう?」


「いや、知らん。その人名は初めて聞くねえ」


 収穫なし。ギルド会館から出ながら、コロコがラグネを励ました。


「もうこうなったら、片っ端から聞いて回ろうよ。きっと誰かが知ってるはずよ」


 しかし実際のところ、このまま誰も僕や『ミルク』のことを覚えていなければ、過去を知らずに済むんだ。今までどおりコロコさんとボンボさんが一緒にいて、楽しく冒険できれば、僕はそれでいいんだけど……


 いや、何のためにこの街にきたのか。ふたりとも僕が両親と再会するのを手伝ってくれているのだ。肝心の僕が及び腰なのでは、彼らが可哀想だ。


「そうですね。聞き込みを続けましょう」


 僕は気を取り直す。絶対に僕や『ミルク』を知っている人を見つけるんだ。今日は日暮れまで徹底的に調査しよう。


「知らないなあ。本当にこの街の人?」


「ラグネにミルク……。覚えがないわ」


「さあ……。俺の記憶にはどちらもないね」


 結果は散々だった。『ミルク』はもちろん、ラグネについても誰も知るものはいない。存在すら疑わしい、といわれたときは、ラグネは泣く一歩手前まで悲しくなった。


 しかし、タズという名のベテラン農家に当たったとき、苦労はついに報われることになる。


「ああ、『ミルク』は俺の妹だよ」


 やや太り気味の40代後半の男は、今さっき今日の仕事を終えたばかりだった。くみ上げた井戸水で手を洗いながら、コロコたちに白い歯を見せる。コロコ、ボンボ、ラグネの3人は興奮し、とうとうつかんだ糸の端を離さず、手元へ手繰(たぐ)り寄せようとした。


「ひょっとして今、ミルクさんに会えますか?」


 だがタズは顔を洗いつつ一同を失望させる。


「あいつは27年前の14歳のときに、この街を捨てて逃げ出しちまったんだ。今はどうしているやら皆目(かいもく)見当もつかないよ」


「そうですか……」


 意気消沈する3人。山の稜線にかかった夕日が、ゆっくりその姿を隠していった。タズが顔をタオルでぬぐいながら、励ますように言った。


「今日はもう遅い。俺の家に寄っていってくれ。俺の3つ下の妹ゾークなら何か知ってるかもしれないし、たまには俺たちも客を迎えてみたいんでね」


「ご迷惑じゃないですか?」


「なぁに、大歓迎だよ!」


 彼はぶははは、と笑った。いい人そうだな、とラグネは感じた。




 タズの家屋は大きく広かった。通常の家は暖炉のある居間が食堂や寝所を兼ねているが、この家はちゃんとそれらが分けられており、個室まで用意されていた。


 まずはタズとその妻カト、ふたりの息子のケンチャ。次にタズの妹ゾークとその夫ゴキーゲ、ふたりの娘のテービレ。最後に狩猟犬のティビェスとジフ。6人と2匹がここの構成員だった。

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