0029悪徳の街07(2410字)
コロコは怒りに燃えた。
「外道め、お前にエヌジーの街を支配する資格はない!」
しかし両親を捕らわれていては、もはやどうすることもできない。じりじり包囲を詰めてくる兵士たちに、状況を打開する突破口は見当たらなかった。
「戦え! コロコ、戦いなさい!」
コロコの父ショーが、自らの命も顧みず叫んだ。母ガッカも後に続く。
「私たちのことはどうでもいいから! 町長を倒しなさい!」
ふたりのものすごい勇気だった。コロコはそれに胸が熱くなり、涙さえ浮かべる。
「父さん……母さん……!」
しかし、やはり動けない。コロコが大切な父母を見捨てられるわけがなかった。唇を噛み締めて、コロコは死の覚悟を決める。
と、そのときだった。
レヤンが短剣を取り出したのだ。たいまつの明かりにぎらつくその刀身。
「ムヒョヒョ、人質はひとりでも構わないだろ」
そう口にすると、短剣の刃をショーの脇腹に深々と突き刺した。ショーが悲鳴を上げる。
「ぐあああっ!」
鮮血が噴き出し、ショーがその場に崩れ落ちた。コロコが驚愕し、泣いて絶叫する。
「父さーんっ!」
「ムヒョーヒョッヒョッ!」
ラグネはその光景に、その声に、頭のなかで忍耐の線がぶち切れるのを感じた。怒りと憎しみが激しく沸騰し、高笑いするレヤンに集中する。
次の瞬間――
「うおおおおぉっ!」
背中の痛みなんかどうでもよかった。この腐りきった町長を倒せるなら、自分の命も差し出す決意がある。ラグネは雄叫びを上げた。苦痛なんてもんじゃない。そのまま発狂して死んでしまいそうなほどの、爆発的な激痛が背中に走った。
歯を食いしばり、拳を握り締め、ラグネは叫び続けた。
背後に光球が浮かび上がったようだ。少なくとも、周囲の人間はその輝きに目をくらませている。
「くたばれ!」
光球から一筋の矢が飛び出した。それは『魔法防御』の結界を内側から粉砕し、驚いているレヤンの頭部に炸裂する。一撃で頭蓋骨を吹き飛ばし、あっという間に絶命させた。
「レヤン町長!」
「ああっ、レヤンさまが……!」
「ひ、引っ捕らえろ! あの玉ねぎ頭の小僧を捕まえるんだ!」
ラグネはマジック・ミサイルの豪雨を放った。しかし、それは兵士の肉体を狙ったものではない。大きな破砕音が連なって発生した。それは、そう――衛兵たちの武器をすべて破壊したことによるものだ。
「ひええっ!」
壊された得物に、それが示すあまりにも一方的な力の差に、兵士たちは深甚たる恐怖を覚えたのだろう。数瞬と経たずに、我先にと逃げ出していった。
「ば、化け物めっ!」
「逃げろぉっ!」
ラグネはショーのもとに駆け寄ると、ひざまずきながら呪文を詠唱する。そして脇腹に刺さったままの短剣を抜き取り、叫んだ。
「『回復』の魔法!」
手をかざすと傷口は元どおりになった。ショーが目を見開く。数度のまばたき。
「あ、ありがとう。助けてくれたんだね、ラグネくん」
間に合ったみたいだ。ラグネはほっとした。
そこへコロコが飛び込むようにショーへ抱きついた。嗚咽して鼻をすすり上げる。
「父さん、父さん……! よかった、本当に……!」
ボンボがガッカを縛る縄を解いた。ガッカも泣きながら夫の頭を胸に寄せる。
まだ数人残っていた兵士たちを、ハルドが口撃した。
「町長レヤンが死んだ今、この街の最有力者は一時的にギルドマスターとなる。その国法を忘れてはいないだろうな」
「くっ……!」
兵士たちは壊れた武器を落とし、観念した。
「何だと!? レヤン――町長が殺された、だと!?」
深夜に叩き起こされたギルドマスターのゲマが、兵士のもたらした報告に仰天した。彼らは事情をつまびらかにして、犯罪者としてラグネたち4人を捕らえるよう進言する。
だがゲマはそれをあっさり却下した。彼にとって、2年前に町長になったレヤンは目の上のたんこぶだった。あれこれ税金を設定し、しかもその額をいちいち吊り上げたため、冒険者たちはこのエヌジーの街を嫌ってほかへ流れてしまったのだ。恨みこそすれ、ありがたく感じたことのない存在が、まさにレヤン町長だった。
その悪逆非道な彼が死んだ。殺してくれた人間に感謝したいところである。
「その4人はこの街の冒険者ギルドが保護する。ギルド会館へ出頭するよう告げよ。そして俺が国法に基づき、1日以内に次の町長を推挙しよう。貴殿らはくれぐれも、4人を傷つけないように」
兵士たちは不満たらたらでゲマの家を出ていった。その後ろ姿を侮蔑とともに見送りながら、ゲマは忙しくなりそうな今日に向けて、その小柄な体を武者震いさせる。
そしてラグネとかいう僧侶が重傷を負っていると聞いたので、宿屋で眠っているであろう冒険者の賢者を起こしにいった。
コロコたちはギルド会館に到着した。ギルドマスターのゲマの手配した賢者によって、ラグネは背中の怪我を治してもらう。激痛がおさまり、肉も皮膚も血管も元どおりになった。ラグネは安堵のため息をつく。そして賢者に心から感謝し、頭を垂れてお礼をした。
「ありがとうございました!」
コロコがラグネの肩をつかんで揺さぶる。心底からの笑顔だった。
「痛かっただろうに、よく頑張ったね! 偉いぞー!」
玉ねぎのような銀髪をくしゃくしゃと撫でられた。ラグネは少し赤面する。年下の女子から子供のように扱われるのは、羞恥心を刺激するのに十分だったのだ。
ハルドが相変わらずバケツ型兜をかぶったまま、ゲマに尋ねる。
「これからどうなるのですか?」
「とりあえずレヤンの死去を、奴の衛兵を使って町中に触れ回る。その上で後任を選ぶが――まあ、誰を町長に選んでも、前より酷いことにはならないだろうな」
全員を見渡す。
「きみたちには今日1日、俺の護衛を依頼する。誰が命を狙ってくるか分からないからな。じゃ、よろしく」
夜明けの街は騒々しかった。町民たちがレヤンの死の報に歓喜して、あちこちで勝利のダンスを踊ったからだ。重税や悪徳を重ねてきた町長の最期は、悲しむべき訃報ではなく、喜ぶべき朗報だったみたいだ。