0281ワールド・タワー56(1171字)
ラグネたちはそのことをすっかり忘れている。ここは『ワールド・タワー』の最上階20階だった。
ボンボがふたりを柱へ誘う。苦笑いしていた。
「まったく、長ったらしいキスしやがって。それを見せられるおいらのことも考えろって話だ」
コロコはラグネと手を繋ぎ合って、ボンボともどもエレベーターに乗る。魔神ガンシンへ最後の言葉を伝えた。
「ガンシン、ありがとね! 達者で!」
『魔神にそんなことをいう人間は初めてじゃないか? お前らも無病息災でな』
そうして扉は閉じる。
エレベーターは音もなく動いているようで、軽い振動が断続的に続いていた。ボンボが口を開く。
「おいら、ドレンブンの街にとどまろうかと思ってる」
ラグネとコロコがまぶたを全開にした。
「僕たちと離れるってことですか?」
「ボンボ、本気?」
ボンボはしっかり、力強くうなずく。その目は重大な決意をしたもの特有の輝きがあった。
「ラグネとコロコが恋人同士なら、おいらは邪魔だろ? 一緒に冒険してたら、おいらはずっとコロコに振られた事実を思い返しちまう。それが嫌なんだ」
「ボンボ……」
ボンボは強がってみせる。
「それに、ドレンブン辺境伯領の近衛隊副隊長トナットから、さっきスカウトを受けたんだ。魔物使いとして街にとどまってくれないか、って。おいらはコロコがいるから断ったんだけど、こうなったからな。喜んでドレンブンに住むつもりさ」
ラグネとコロコが無言で手を差し出した。それをボンボは順番に、力強く握り締める。
ボンボの決心もまた、選択のひとつだった。ラグネはそう認めた。
ふと思い出した、といった様子で、ボンボが彼の鞄をまさぐった。
「ああそうそう、入っていたぞ、これ」
そういって鞄のなかから取り出したのは、4枚の羊皮紙。コロコに押し付ける。
「『昇竜祭』武闘大会の優勝賞金が、1枚1000万カネーで手形になってる。コロコのものだろ? 持っていきな」
扉が開くと1階だった。3人は柱から出ると、塔の外へと飛び出す。ほかの人々も、ふたりの天使も待ってくれていた。
「トナットさん、おいらやっぱり港湾都市ドレンブンに行きます!」
ボンボがトナットのもとに駆け寄る。トナットは喜色を鮮明にした。
「本当か!? いやあ、ありがたい!」
ボンボはこちらを振り返って、飛び跳ねながら手を振ってみせる。
「あばよ、ふたりとも! しっかりな!」
ラグネとコロコも手を振り返した。南へ去っていく近衛隊員や冒険者たちも真似する。
悪魔騎士タリアがふたりの袖を引っ張った。
「このままじゃいつまで経っても離れられないよ。翼を出して、無理やりにでも別れよう」
「そうですね」
ラグネはコロコを背中から抱え、羽を出した。コロコは最後のひと振りを済ませると、後はラグネとタリアのなすがままとなる。3人は空の人となった。
塔はその雄大な姿をそびえ立たせたまま、青い背景に黄土色の線を刻んでいる。




