0028悪徳の街06(2319字)
コロコには絵空事にしか思えなかった。少しなじるような口調になる。
「どうやって篭手を移動させるの? 膏薬の入れ物じゃあるまいし、篭手をころころ回転させて受け渡しする気? そんなの無理よ」
「ボンボくん、きみは魔物使いだったね。ルモアの街の市場では鎧武者を召喚していただろう?」
「ああ。でも召喚に必要な魔方陣は――もっといえばそれが描かれた布は、全部没収されてるけど」
「それでも、この土の地面なら、何か細いもので小さい魔法陣が描けるよね?」
「ああ、なるほど! 小さい魔法陣で、小さい妖精を召喚しろって言いたいんだな? そしてそいつに篭手の受け渡しをやらせる、と……」
「そのとおりだよ、ボンボくん。できるかい?」
「朝飯前さ、ハルド。爪で描いてみるかな」
ボンボは手馴れたもので、あっという間に即席の魔方陣の円を描き上げた。小声で呪文を唱える。こっそり言った。
「『召喚』の魔法!」
すると、魔法陣から年寄りの妖精が浮かび上がってきた。ラグネは素直に感嘆する。ボンボさんは凄いなあ、と。
「妖精よ、向かいの牢から篭手をひとつずつ運んでこい!」
『了解したわい。どれ……』
見張りの兵士に見つかりはしないかとドキドキしながら、4人は妖精の仕事を注視し続けた。まず一往復目で左の篭手が手に入り、続く二往復目で右の篭手が手に入る。
「よし、戻れ妖精」
『お役ごめんじゃな。どれ、失礼』
老人は魔法陣の向こうの世界へ帰っていった。コロコは篭手を装着する。ボンボが目を細めた。
「やっぱりよく似合うぜ。どうだコロコ、いけそうか?」
「ま、全力でやってみるね。失敗したら後が怖いけど……」
コロコは立ち上がり、大きく深呼吸する。怪我はラグネのおかげで快癒し、万全の状態だった。肩をぐるぐる回し、鉄格子の開閉部分――鍵のかかった扉の箇所へ狙いを定める。軽い緊張感が心地よかった。
「……ふんっ!」
気合一閃、見事な拳打が鉄格子に炸裂する。次の瞬間、ドアが開くどころではなく、そのものが吹き飛んだ。ものすごい重低音が鳴り、扉が倒れて金属音が響く。
音を聞きつけた、というより聞かされた兵士たち――牢屋群の出口方面にいる――がにわかに騒ぎ出した。あわただしく靴音が近づいてくる。
コロコはハルドの牢も破壊した。ハルドが出てくると、ふたり並んで走り出す。
「ボンボ! ラグネを連れて私たちについてきて!」
「分かった!」
ラグネは背中の激痛で立っているのも辛かった。しかし我慢と忍耐の生きた見本として後に続く。ボンボの肩をつかんで、よろけながらの追走だった。
こんな脱獄なんて真似して大丈夫なんだろうか、と半泣きになりながらも、ラグネは呪文を唱える。
「『魔法防御』の魔法!」
肌が一瞬あわ立つことで、結界が4人を包み込んだことが知れた。この魔法は、魔法による攻撃を防ぐものだ。
「牢破りだ! みなのもの、武器を取れ! 脱獄囚を殺せ!」
コロコとハルドは、襲いくる憲兵隊員を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、破竹の勢いで進んでいった。何しろ無防備で無力なふたりを背後に抱えている。彼らを殺されないよう、兵士たちの誰一人として見逃すわけにはいかなかった。
半殺しの山を築きながら、コロコはふとそれを目にする。
「ハルドの短槍とボンボの鞄よ!」
階段そばの棚に無造作に置かれていた。ハルドが槍を手にする。
「こいつさえあれば百人力だ」
ボンボは肩から斜めに鞄をかけた。
「魔物は『魔法防御』の結界内では召喚できねえけど、やっぱり相棒が戻ってくると落ち着くな」
コロコが先導して螺旋階段へ向かった。先陣を切り続ける彼女の前に、兵士たちは次々に倒れていく。
特に篭手を手にしたコロコは凄まじい強さだった。向かいくる槍や剣を弾き、または折るのに、篭手はとにかく役立ったのだ。
4人は階段を駆け上がる。最後尾の重傷のラグネは亀のようなのろさだったが……
「ハルドさん、ここは1階ね?」
「ああ。そら、おいでなすったぞ!」
階段の終わりは通路の端だった。奥から兵士たちが殺到してくる。しかしコロコ、ハルドの敵ではなかった。みなボコボコにされてその場に沈む。
そのときだった。
「当方にお任せあれ!」
潰れたかぼちゃのような顔の男が現れ、ぶつぶつつぶやく。こちらへ杖を向けてきた。
「『空刃』の魔法!」
本来なら杖から放たれた真空の刃が、コロコたちをバラバラにしたはずだろう。だがラグネがあらかじめかけておいた『魔法防御』により、それは未然に防がれる。透明な結界がうっすらと白んだだけに終わった。
「でやぁっ!」
コロコが飛び蹴りをかまし、敵魔法使いはさらに酷い顔にされて床にのびる。
その後も通路の狭さにより圧倒的多数を生かし切れず、兵士たちは半殺しにされて倒れていった。
やがてこの豪邸の出入り口が見える。扉だ。ラグネは背中の激痛を一瞬忘れるほどの歓喜を覚えた。とりあえず脱出はかないそうだ。
コロコが肩をぐるぐる回してから、渾身の一撃を叩き込む。ものすごい音とともにドアが吹っ飛んだ。
「ムヒョヒョ! そこまでだ!」
目の前の光景にコロコが愕然となった。外では多数のたいまつの明かりとともに、レヤン町長が兵士に囲まれて立っている。それはいい。問題なのは、町長の隣にいる2人の人物――
「父さん! 母さん!」
そう、コロコの父ショー、母ガッカが、縄を打たれて人質とされていたのだ。
ハルドが舌打ちした。
「早すぎる。どういうことだ?」
レヤンはちょび髭をつまんで薄ら笑いを浮かべる。
「なに、背中百叩きの途中で女の振る舞いが気に入らなくなってな。ムヒョヒョ、その時点で両親もしょっ引かせておいたのだ。この広い空間ならわたくしの護衛兵も存分に実力を発揮できる。さあどうする、どうするどうする!? ムヒョーヒョッヒョッ!」




