表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

278/285

0278ワールド・タワー53(2162字)

 そのときだった。


 周囲の景色が一瞬にして変わる。星が位置を変え、大地が再構成された。夢幻流武闘家コロコが目をしばたたく。


「な、何が起こったの?」


『漆黒の天使』ユラガが答えた。


「この塔が『冥界』に転移したのよ。さあ、帰るわよガセール」


『純白の天使』ワジクが妹の髪を引っつかむ。


「あなたはわたくしとともに、神々へ謁見しに行くのですよ」


「ちぇっ」


 ガセールは立ち上がった。魔神ガンシンに尋ねる。


「ここはマシタル国か?」


『そうだ。お前の言ったとおりの場所だ――まともに真下へ行ければな』


「まさか、飛び降りろとでもいう気か?」


『冥界に死の概念はない。お前がそれでもよければそうすればよい。もっともこの高さでは、思い切り流されるだろうがな』


 ガンシンはまた宙に何やら指で描きこんだ。すると、柱のひとつが開いて明かりがともる。コロコがその内部に仰天した。


「えっ、これってなかは空洞だったの!?」


『ただの空洞ではない。エレベーターというものだ。これに乗れば1階まで行ける。1階の出入り口は現在開けてあるから、到着したらすぐに外へ出るのだ。よいな』


 ガセールは「分かった」とのみ答えた。改めてブラディに一礼すると、エレベーターに乗り込む。


「今までありがとう。世話になった。さらばだ、みんな」


 誰からともなく拍手が湧き起こる。ブラディもその輪に加わった。ガセールが頭を下げる。ラグネは叫んだ。


「さようなら、ガセールさん!」


 柱が再び閉まる。おそらくこれがガセールとの旅の終わりなのだろう。ラグネは感極まる思いだった。変わることができたガセールの統治がどんなものになったか、いつか酒を飲みながら聞いてみたい――そう願った。




 フォニは人間界『常夏の国』ジックリン王国へ戻る意向だった。


「やっぱり残してきた親兄妹とか、実家とか、冒険者仲間とか、いろいろあるので……」


 コロコは彼女との最後の時間を有意義なものにしようと、女だけかき集めた。


 夢幻流武闘家コロコ、冒険者フォニ、悪魔騎士タリア、近衛隊長カオカ、近衛隊員ロチェ、天使のワジクとユラガ。計7人。魔神ガンシンは人間界のジックリン王国探しに躍起になっているが、どうも簡単には見つからないらしい。あの汗のかきようだと、もう少し時間がかかりそうだ。


「フォニは祖国に好きな人とかいるの?」


 最年少のタリアならではの直球だった。問われたフォニは真っ赤になる。


「いやー……いるというかいないというか……」


 カオカが含み笑いをしながらタリアに加勢した。


「時間がないんだ。教えろ」


「い、います! ジャミノという2歳年上が……」


「ほうほう……」


 みんなで集中砲火を開始する。


 気弱なロチェが今回ばかりは他人のマウントを取ってやろうと、鋭くつついた。


「ジャミノくんはどんな感じの子なの? カッコいい? たくましい?」


「国王の第2王子で、3人兄弟では一番優しいんです。どちらかといったら大柄(おおがら)で、包容力があるというか……。でも……」


 ユラガが小指で右耳をほじりながら聞いた。


「でも……何? はっきりしてよ」


「ちょっと太り気味なんですよね」


 一斉に嘆声(たんせい)が漏れた。


「ああー……」


 ワジクが傷つけないように問いかける。


「でも、ちょっとだけなんですよね?」


「はい」


 コロコがフォニの腕を肘でつついた。


「正直にいいなよ」


「かなりのデブです」


 爆笑が起こった。輪の外で男どもが何事かとこっちを見ている。しかし関心はその程度で、すぐに自分たちの輪に戻っていった。


 コロコはジャミノ青年に興味を持つ。


「出会いは? 舞踏会とか?」


「舞踏会? それは何ですか?」


「えっ」


 コロコやほかのメンバーにとって、舞踏会は共通の知識だった。いや、実際に参加したことはないものの、王侯貴族は毎週のように男女が踊りを楽しんでいると聞く。その集まりが舞踏会だった。


「ジャミノくんは貴族なんでしょう? 一緒に踊ったこととかないの?」


「ありません……」


 ユラガがピンときたのか、コロコに耳打ちした。


「フォニが貴族じゃないからでしょ? この話題は打ち切ろうよ」


 カオカも明敏に察した。


「フォニ、お前はじゃあどこでジャミノと知り合ったんだ?」


 フォニは顔を赤らめて、両手で頬を挟んだ。


「お城の厨房です。私、冒険者の依頼として『厨房のお手伝い』を引き受けたんです」


 ロチェが笑った。


「料理が得意なのね」


「はい。で、その仕事が終わったとき、ひとりの男性が厨房の皆さんへ挨拶(あいさつ)しにいらっしゃったんですよ。その方が……」


「ジャミノくんというわけね」


「はい!」


 フォニ以外の女がなるほどとうなずいた。


 フォニによれば、それが運命の出会いとなって、恋人同士になったという。普通貴族が厨房に顔出しすることなどありえない。特権意識がそうさせるのだが、どうやらジャミノはそれと無縁であるみたいだ。


 しかし、ジャミノとフォニの恋愛を邪魔するものがいた。宮廷貴族だ。


 フォニは3ヶ月前、突如ジックリン王国に出現した塔について、調査を依頼される。それは塔の性質――出入り口が閉まって出られなくなる――を知るものが行なった。


 フォニを排除し、自分の娘をジャミノと結婚させたい。そう邪悪に願うものが、フォニをこの塔に送り出したのだ……


 一同はしんとなっていた。フォニがこの塔に入った経緯(けいい)、それから10階の食堂で次なる調査隊を待ちわびた日々を思うと、胸が締めつけられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ