0274ワールド・タワー49(2141字)
それにしても、と思う。魔人ソダンや魔王アンソー、魔人ウッドスを一方的に倒したこの世界最強の力も、魔神ガンシンには通じない。いや、傷つけてはいるのだが、縄をよじったような筋肉とその表皮が、すぐにも回復してしまうのだ。
まさに別格レベルの再生能力といえよう。これといい、人差し指の見えない攻撃といい、神の破格の強さにたじろぐばかりのラグネだった。
ガンシンは溜め息をついた。
『……どうやらもう奥の手はなさそうだな。お前もどうやら朕を楽しませることができなかったようだ。もうよい、死ぬがよい』
魔神が右手を持ち上げた。その人差し指が、ラグネへと向けられる――
だが、そのときだった。
ラグネの詠唱が終わる。両手をガンシンにかざした。
「これならどうです! 奥義『ゾイサー』!」
『なっ……!』
かつて神々との争いにあった悪魔が、神を封じ込めるために作り上げたという球状結界の魔法――それが古代呪文『ゾイサー』である。ラグネが苦し紛れの魔王アンソーにかけられて、結果双方何もできなくなった業だった。あのときは『悪魔騎士』のふたり――デモントとケゲンシーによって助けてもらったっけ。
その後、古代魔法に詳しい戦士スカッシャーが、「興味があるなら」とプレゼントしてくれたのが、古代魔法の教本だった。それを熟読する暇もなく日々は過ぎていったが、『ゾイサー』に関してだけはなんとか呪文を覚えきっていた。
これがラグネの秘策、秘術だ。漆黒のいかずちが魔神に命中した。光の矢という餌を大量にばらまいていなければ、まず決まらなかっただろう。
『な、何いぃっ!』
とうとうガンシンの顔から余裕が消えた。その巨体が透明な球のなかに閉じ込められる。そのまま天井近くまで運ばれていった。すれすれのところでぴたりと止まる。
相手は何もできなくなるが、こちらからも何もできなくなる――それが魔法『ゾイサー』というものだった。
ラグネはその場にへたり込みそうになるほど、精神をすり減らしている。もし『ゾイサー』がうまくいかなかったら、やられていたのはこっちだった。まさにぎりぎりの戦いだ。
ガンシンは虜となったまま、宙を浮揚する。
『く、くそっ! 貴様、何て真似を……! 神にこんな真似をして、ただで済むと思うなよ! だいたい「ゾイサー」なら、そちらも朕を攻撃できぬではないか。これで勝ったつもりか?』
ラグネは玉座の残骸ま歩き、その下に手を伸ばした。
『ま、まさか……!』
ラグネが手にしたのは、究極のマジック・アイテム『武神の剣』だった。見た目どおりの重量を右手に感じつつ、『孤城』の力で浮上し、魔神のすぐそばまで辿り着いた。
「『武神の剣』。世界を斬ることができるというこの武器なら、ガンシンさまを斬れるんじゃないですか?」
いまや形勢は逆転していた。魔神は死刑を待つ囚人であり、ラグネは執行する刑吏だった。
「覚悟はいいですね、ガンシンさま!」
両手で柄を握り締める。ラグネの頭にイメージが生まれた。剣身から光の刃が飛び出して、いかなるものをも両断する、そんな具体的な光景が。
魔神が狼狽して訴えた。
『ま、待ってくれ! これはゲームだっただろう! 朕を面白がらせたらお前の勝ち、という……!』
ラグネは神をにらみつける。
「僕は命を懸けさせられましたけど」
ラグネの目に本気を見出したのであろう、ガンシンはあわてて言った。
『わ、分かった! 敗北を認める! だから、どうか殺さないで……!』
ラグネは努めて凄い形相を作り上げる。
「じゃあこのゲームは僕の勝ちでいいんですね?」
『も、もちろんだ』
「それならいいんです。言質は取りましたからね。後でひっくり返さないように」
魔神はごくりと唾を飲み込んだ。
『神として二言はない』
ラグネは『武神の剣』の先端で、球状結界の一部を切り裂く。結界は破裂し、なかのガンシンが外に飛び出してきた。彼は羽を羽ばたかせて床に着地する。ラグネも舞い降りた。
魔神は荒い息をついている。その上半身からの発汗はなかなか収まらなかった。相当おびえていたようだ。ラグネを改めて見直したらしい。
『と、とんでもない奴……! この魔神ガンシンさまを屈服させるとは……!』
こうして話はとんとん拍子に進んだ。19階の番人メユは魔神の命令で、18階カジノより天使2名と人間10名を連れてきた。頂上の20階でラグネと再会したコロコとボンボは、飛びついて喜ぶ。
ふたりは声を上げて泣いていた。コロコはラグネに頬ずりする。
「きみならきっと何とかしてくれると思ってたよ!」
ボンボもラグネの肩に顎を載せて嗚咽した。
「さすがはラグネだ! 頼りになるぜ……!」
ラグネも心から感激して、ふたりを抱き締める。また僕の居場所に戻ってこれた。その嬉しさで胸が一杯だった。肩を組んで額をぶつけ合い、喜び合う。
冥王ガセールは魔神をねじ伏せたというラグネに呆れていた。
「まったく、凄いやつだ……」
タリアが自身のツインテールを手で払う。
「私は最初から分かってたけどね」
近衛隊のカオカ隊長、トナット副隊長、隊員ナルダンも。冒険者パーティーのブラディ、コラーデ、ロモンも。みな、塔から出られるという事実を前に、現実感が乏しかった。
「ラグネが魔神ガンシンに勝った、だからロプシア帝国へ帰れる、か。いまだに実感が湧かないな……」




