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0027悪徳の街05(2320字)

 ハルドが短槍を構える。もはやコロコの命は風前のともし火だった。観衆はただただ息を呑み、女傑の最期の瞬間を見届けようとする。


 だが、そのときだった。


 なんとハルドが槍を引き、その場に立ち尽くしたのだ。これにはレヤンが激怒した。


「ムヒョ! 何をやってる、ハルド! さあ、その女にとどめを刺せ! わたくしに恥をかかせるな!」


 しかしハルドは動かない。バケツ型兜の通気孔から、若い青年の声を放った。


「レヤン町長、この女は強い。本物です。できれば彼女とは万全の状態で戦いたい。ですので、誰か適当な僧侶に、彼女を回復させてやってください。それが俺の望みです」


 これにレヤンはぶち切れた。まったくの静寂のなか、杯を持って壇上に上がる。そして、それをハルドの兜へと叩きつけた。陶器の砕ける音とともに、中身のぶどう酒が彼の鎧を紫に染める。


「ふざけるな! 腕が立つというから用心棒に雇って数週間、ここまでよく働いてきたのにな。まさかわたくしの命令を無視し、あろうことか反抗するとは! おい憲兵隊長!」


「はっ!」


「レヤンと3人のガキを牢屋へ放り込んでおけ! 回復はしなくていいぞ。死んだならそいつはそれまでの人生だったということだ」


「はい、かしこまりました」


 気を失っているラグネとボンボが、半死半生のコロコとともに連行される。ハルドも鎧姿のままで、短槍を奪われ牢屋へ連れて行かれた。


 こうして酒宴の余興は、波乱のうちに幕を閉じる。今度はそれを(さかな)にして、宴はにわかににぎやかさを取り戻した。




 ハルドはひとりで、コロコたちは3人で、向かい合う牢に閉じ込められた。牢は鉄格子でできており、間隔こそ割りと広いものの、投獄された人間が通過するには狭すぎる。


「うう……」


「ラグネ、しっかりしろ!」


 3人ともうつ伏せに寝ていた。背中の負傷はそれほど酷かったのだ。特にコロコは腕と太ももからも出血しており、このままでは命が危ない。


 先に意識を取り戻したボンボが、痛みをこらえてラグネを起こそうとする。ラグネは僧侶だ。彼に早く起きてもらい、コロコに回復魔法をかけてもらうしか、コロコが生き残る術はなかった。


「ラグネ、起きろ! 起きるんだ!」


 焦燥にかられながら、ボンボは繰り返し耳元へ大声をかけた。やがてラグネのまぶたが開く。ボンボは歓喜のあまり踊ってしまいそうだった。


 ラグネが背中の痛みに悲鳴を上げる。あまりの苦痛で早くも泣きそうだった。


「熱っ……! ボ、ボンボさん?」


「頼むラグネ! コロコが死んじまいそうなんだ! 頑張って回復魔法をかけてやってくれ! このとおりだ!」


 ボンボが頭を地面にこすりつける。


「コロコさんが……!? は、はい。分かりました、何とかやってみます…痛っ……!」


 ラグネは這いつくばってコロコのそばに移動した。うつ伏せのまま口だけ動かし、呪文を詠唱する。それはあまりにも弱々しく、ボンボもラグネ当人も、成功するのかどうか不安にかられるほどだった。


「『回復』の魔法!」


 ラグネが頭をもたげ、コロコに手をかざす。すると女武闘家の腕、脚、背中の傷がみるみる消えていった。成功だ。ラグネはほっとひと息ついた。


 ボンボがコロコに呼びかける。治すのが遅すぎた、なんてことになっていないか確かめたかったのだ。


「大丈夫か、コロコ。コロコ!」


「んー……うるさいなあ……」


 コロコが起き上がり、地べたにぺたりと座った。背中に手を回す。


「あれ? 痛みがないよ。ひょっとしてラグネが?」


「はい……。役立てて光栄です」


「ありがとう! きみは命の恩人よ」


 ラグネは続けて、ボンボの傷も治癒した。


「ひょーっ、治った治った!」


 回復魔法では自分自身の怪我は治せないので、ラグネ本人はまだまだ激痛と戦っていかねばならない。


 と、そのときだ。


 反対側の牢から、厚みのある円形の入れ物が、こちらへ転がってきたのだ。


「きみ、使ってみてくれ。俺の故郷名物の膏薬(こうやく)だ。多少は痛みがやわらぐだろう」


 コロコが鉄格子の隙間から膏薬の入れ物を手にする。ふたを開けながら、反対側の親切な囚人に質問した。


「その声はハルドさん? 私にとどめを刺さなかったのはおいといて……。ひょっとしてその篭手、ボンボがルモアの街の市場で譲ったものじゃない?」


「そのとおりだよ、コロコくん」


 コロコの指がラグネの背に薬を染み込ませる。あまりの激痛にラグネはとうとう泣いてしまった。


「痛いぃ……!」


「我慢してよ、ラグネ。男の子でしょ」


 ラグネはうなりながら地獄の苦しみに耐える。しばらくすると、確かに塗る前より痛みが引いた気がしてきた。まあ気休め程度にはなった、とラグネはハルドに心のうちで感謝する。


 コロコが質問してきた。


「暗くてよく見えないよ。ねえラグネ、あの光球は出せる?」


「試してみます」


 ラグネは背中に意識を集中し――あまりの痛みに頭を振った。


「無理、無理です。背中を治さないことには……」


「そう……」


 いっぽうハルドは、バケツ型の兜を一向に脱がない。すっかり元気になっていたボンボが、ハルドに問いかける。


「この前の仮面といい、今回の兜といい……。ハルドは素顔をさらすと何か困ることでもあるのか?」


 返ってきた声はハスキーボイスの魅力にあふれていた。


「ちょっと自分をつけ狙うものがいてね。他人の前で顔をさらしたくないんだ。訳ありってわけだ」


 声量を落とし、聴力の拾えるぎりぎり範囲内で、彼は提案してきた。


「何にしてもこのままでは、またレヤン町長に何らかの無茶を命じられるかもしれない。どうだ、一緒に脱出しないか?」


 コロコが声を低めて当然の問い返しをする。


「どうやって? 何かいい方法でも思いついたの?」


「俺の篭手(こて)をそっちへ渡すから、コロコくんが装備して、武闘家の腕力で鉄格子をぶち壊すんだ。それしかない」

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