0268ワールド・タワー43(2142字)
コロコのこの案に、観客席はざわつく。馬鹿げた提案だ、と激高するものもいれば、その手があったか、と脱帽するものもいた。コロコはしわぶきひとつで騒々しさをなだめると、話を続ける。
「きみたちもここで延々とギャンブルやってても埒が明かないでしょう? 知りたいのは『武神の剣』のありかなんだから。それを魔神ガンシンから聞き出せれば、別に賭博をしなくてもいいわけで……」
青い肌の筋肉ムキムキな壮年が、「まあ、確かにな」とぼそりとつぶやいた。彼は周囲に影響力があるらしく、周りの紳士淑女は深く考え込んだ。
「でもどうする? すべてうまくいき、『武神の剣』のありかが分かったとして、どうやってここのみんなに伝えるんだ? たとえば10カネーしか払っていない奴が、1億カネー出資者と同等に隠し場所を知ることができるなら、高額を払う意味がないぞ」
コロコがその言葉を耳にして人差し指を立てる。
「お金をたくさん払った人が、まっさきにありかを教えてもらえる、ってのはどう? 最高出資額を5.1億カネーに設定すれば、その人が独占的に剣のありかを確保できる。最大4.9億カネーの2番手には1日後に、それに続く3番手には2日後に、隠し場所が伝えられる……これならいいでしょう?」
コロコのアイデアに、群集はまた夏の虫のようにざわめいた。
「しかし大枚をどぶに捨てるようなものだろ」
「いやいや、半年続いたこう着状態を打破する、これはいいチャンスではないかね?」
「一回確かめておく必要はあるんじゃないか? 19階の審判を受けて、果たして頂上20階に辿り着けるかどうか」
「そもそも魔神ガンシンさまが20階におられるのかどうか……」
打算と欲得の乱気流が、18階の会場を席巻する。ガセールがこっそりぼやいた。
「馬鹿なのか、こいつら……」
そこで司会が声を張り上げる。
「まとまりましょう、紳士淑女のみなさま!」
ざわついていた会場がいっときの静寂を得た。
「ここは多数決にしましょう。それぞれ少額を出して10億カネーを作り上げ、それを侵入者のひとりに渡してもよいとおっしゃる方は挙手を!」
ひとり。ふたり。3人、4人……。手を挙げるものがぽつぽつと現れる。それは降雨の始まりのように、賛意の地面にまだらに染み込んでいった。そして、いつしか雨は豪雨となって、空間全体を塗りつぶす。
満場一致が決まる瞬間は、遠からず訪れた。司会が拍手する。
「では決定です! 最高5.1億カネーまで出資を募りますので、お配りする羊皮紙に金額とサインをよろしくお願いいたします! なお、『最強』とされる5人のうち誰が行くかは、最高額出資者にお決めいただきます!」
司会はていねいにお辞儀した。
「ただしお忘れなきように。たとえ大金を積んでも、20階に到達したものが無事に生還しなかったら、すべては水の泡となることを……!」
そう、そこが肝だ。無限シャーク地獄と魔人ブラムのふたつの戦いで、観客が侵入者たちをどう評価したかがそれで分かる。ガセールは魔神ガンシンとやらに会ってみたかったが、まあラグネが選ばれるだろうと考えていた。
「はい、5.1億カネーのバンさま、4.9億カネーのミオスさまで決まりました! ほかの方々は今回ご縁がなかったということで、どうぞ推移をお見守りください!」
出資者は複数いたが、最後はダイスで決めたらしい。結構いい加減だが、まあ仕方ない。
用心棒のクネスがいつの間にか気絶から回復していた。身をかがめた次の瞬間、全身を鉄くずで覆った巨人に変化する。司会から10億カネーを入れた皮袋を受け取った。破れないように慎重に抱きかかえる。
司会が最高出資者のバンに尋ねた。90歳になっているであろう、骸骨じみた相貌である。
「バンさま、5人のうち誰を19階に挑ませますか?」
これにはラグネにコロコ、ガセール、ワジクとユラガも緊張した。呼ばれたものが『審判の階』におもむくのだ。
「……誰でもよい」
「は?」
バンは至極どうでもよさそうに手を振った。
「聞こえんかったか? 誰でもよいのだ。わしは選ぶ立場にない」
「とおっしゃると……」
老人は酒盃を傾ける。
「そこの天使を含めた13人は、魔人ガンシンさまの塔を18階――すなわちこのフロアまで上り詰めてきたものたちだ。そこではわしも経験したことがないような、強い信頼関係が育まれたとみてよい」
美しい女をはべらせて、バンはにこりと笑った。
「『最強』の5人のうちもっとも強いものを、彼らは知っている。ならば選ぶのは彼らだ。誰でもよい、もっとも優れたものを差し出せ。わしはそれを見守るとしよう」
とたんに元気よく挙手したのは、『漆黒の天使』ユラガだ。
「はいはーいっ! わらわが行くよ!」
すぐに姉の『純白の天使』ワジクにたしなめられる。
「ユラガ、あなたは『孤城』を使いながら、魔人ブラムに負けそうになったのですよ? その前には地上でラグネたちにも……。もしこの先に17階のような異空間があったら、すぐにやられるのは必定です。およしなさい」
ユラガは手を引っ込めてぶうたれた。
「むー。じゃあワジク姉さんが行くの?」
ワジクは残念そうに首を振る。
「わたくしも実力不足でしょう。ここはラグネさんが適任かと」
ラグネは自分の名前が出てきたことに少し意外な思いがした。
「僕ですか?」




