0265ワールド・タワー40(2156字)
「何よおっさん! 趣味の悪い顔してるわね!」
ほかに言いようはなかったのか、とナルダンは嘆いた。
ブラムは気合を入れた。その体が膨れ上がり、下半身が尻尾を伸ばした蛇となる。背中からはこうもりの羽が生えてきた。そして縄がよじれたような腕が、一気に2本増えて4本になる。
タリアがおそらく勘で叫んだ。
「何かやばいよ、ユラガ! 逃げて!」
「わらわに撤退の文字なしよ! 食らえ、いきなり衝撃波!」
ユラガは手刀を振り抜いた。しかしその動きは鈍く、衝撃波は発生しなかった。
「嘘っ! 何で!?」
ブラムは真っ白な牙をむき出しにして笑う。
「この空間で衝撃波など使えるものか! まずはお前から神々への生け贄としよう!」
魔人は新たに侵入した5人のなかで、最も強いであろう『孤城』から潰しにかかった。ブラムもキラーシャーク同様、この「ふわふわ」に影響を受けないらしい。滑るようにユラガに襲いかかった。
「うあっ!」
『孤城』の顔面をわしづかみにする。そしてそのまま、天井へと叩きつけた。タリアが悲鳴を上げる。
「ユラガ!」
かなり激しい衝撃だったはずだが、ユラガにはまったく効いていなかった。甲高い声で抗議する。
「このおっさん、何してくれてるのよ! わらわは『漆黒の天使』ユラガ、冥界を管理するものよ! 控えなさい!」
その言葉に、18階の観客席は爆発したような騒ぎとなった。
「天使!? 天使がこの塔に挑んでいたのか!」
「なるほど、どうりで『孤城』を着ているわけだ」
「こりゃブラムさまも苦戦するんじゃ……」
司会が明朗な声で観衆を制する。
「札を換えたりしては駄目ですよ! そのまま掲げていてください!」
近衛隊長カオカがコロコに尋ねた。青ざめている。
「あいつの――ユラガとかいう奴の言ってることは本当なのか?」
「……ええ、そうよ。私たちは殺し合ったこともあったわ」
「凄いな」
見上げる絵画のなかで、ブラムはたじろぐどころか、一層殺気立った。武者震いさえしている。
「ほう、このざまで悪態をつけるとはなかなか強硬だな。さすがは天使だ」
にやりと不気味な笑みを浮かべる。
「だがこの魔神ガンシンさまの塔のなかでは、そんな肩書きは一切通じないぞ。ましてや殺し合いにおいては、な」
「うっさい! どけ、手をのけろこの筋肉馬鹿!」
ブラムは残りの3本の腕を動かした。
「なるほど、鎧は完璧だ。だが、なかの体はどうかな?」
魔人はユラガの顔面を押さえたまま、彼女の右腕をほかの3本の手でつかむ。そして、一気に絞り上げた。
「ぎゃああっ!」
右腕の装甲のなかから、バキバキという骨の折れ砕ける音が響いてくる。客席はやんやの喝采だった。大半がブラムに賭けているのだから、これは当然の反応だ。
「ユラガ!」
タリア、コラーデ、ナルダン、ロモンが、ふわふわと自分の姿勢を維持できないまま、それでもユラガのピンチを救おうともがく。そのさまをブラムは笑殺した。
「お前らは食後のデザートとして、後でたっぷり殺してやる。今はメインディッシュの最中だ、邪魔するな」
ブラムの尻尾が振り抜かれ、4人は一撃されて追い散らされた。
コロコは唇を噛んで拳を握る。ラグネが用心棒のクネスに人質に取られてなければ、今すぐにでもタリアやユラガたちのもとへ駆けつけるのに……。悔しくてしょうがなかった。
と、そのときだ。
クネスの短刀がいきなり弾かれ、床に転がったのだ。
「なっ!?」
彼女が投げたわけではない。その証拠に女用心棒は明らかに狼狽していた。誰かが蹴り上げたとしか思えない。もっとも、その誰かが見えないわけだが……
ともかく人質のラグネは解放された。どうしてそうなったのか分からぬまま、コロコはここぞとばかりにクネスに飛びかかる。ありったけの力を込めて頬げたを殴りつけた。
「ぎゃうっ!」
女用心棒は吹っ飛び、床を転がる。これをきっかけに、18階の会場は怒りの声や悲鳴などで、にわかに騒々しくなった。
それを気にせず、近衛隊副隊長トナットが呪文を唱えながらラグネの元へ駆けつける。回復魔法でラグネを起こした。近衛隊長カオカは魔法防御の魔法をかけて、ブラディともども剣を抜き放つ。ボンボは魔法陣の描かれた布を広げて、吸血鬼を召喚した。ガセールは黒い球体を背中に浮かび上がらせる。
一気に臨戦態勢を整えたコロコたちに、観客たちは顔を真っ赤にして怒ったり、真っ青になって怯えたりした。
司会の中年男が大声で紳士淑女たちを抑えようとする。
「札は下げないで! まだ賭けは続行しているのですよ! 侵入者の皆さんも武器を収めて下さい!」
そこへ今度は、黄色い『孤城』が忽然と現れた。頭部だけ外気にさらしているのは、間違いなく『純白の天使』ワジクだ。コロコもラグネも仰天した。
「な、何でワジクがここに!?」
「今までどこにいたんですか!?」
天使は見た目16歳の美貌を惜しげもなくさらす。微笑んだ。
「この『孤城』の機能で透明化していたんです。この塔に入ってから今までずっと、皆さんとともにありました」
ガセールとカオカは事前に知っていたため、大して驚きもしなかった。なぜこのタイミングで透明化をやめたのかも、だいたい見当はつく。
「余らに妹のユラガを助けてほしいんだな?」
「はい。本当は手出しすることなく終わらせたかったのですが……。妹が殺されかけているときに、躊躇などしてられませんね」
 




