0264ワールド・タワー39(2154字)
「魔人ブラムさま!」
ブラムは手を挙げて、脇の階段を下りていく。その頬は緊張と興奮とで赤くなっていた。司会が客席に向き直る。
「さあベットの時間です! 勝つのは侵入者かブラムさまか! 侵入者なら赤い札、ブラムさまなら青い札をお挙げください!」
ラグネがコロコの隣まで来て耳打ちする。
「5人ってどういうことなんでしょう? 途中で別れた11人とは数が違いすぎるし、まったく別の冒険者パーティーでも入ってきたんでしょうか? それとも……」
複数の柱にまたがって張り付く巨大な絵画。そこに司会がいう『5人』が描き出される。コロコは血行が止まる思いがした。
「タリア! それからロモン、コラーデ、ナルダン! あの紫色の孤城は誰よ!? ほかのゴメスやオゾーン、フォニたちはどうなったの!?」
ラグネがコロコを落ち着かせようとする。
「たぶん、どこかのタイミングで、また塔の入れ替えが行なわれたんです。それで奇跡的に後続のタリアさんたちと同じ塔になったとしか……。ほかのメンバーがいないことについては、5人に尋ねましょう」
ラグネが中年の司会に正対し、近づきつつ言った。
「いい加減にしてください! 彼らは僕たちの仲間です。手を出そうというのなら、僕たちは黙ってません!」
彼がガラにもない恫喝をしてみた直後だ。その背後に音もなく忍び寄った女が、ラグネの後頭部を殴りつけた。ラグネは一瞬で気を失い、ぐったり崩れ落ちそうになる。
それを支えつつ、女は彼の喉笛に短刀を当てた。コロコは夢幻流武闘家であり『昇竜祭』武闘大会覇者だったが、それでも女の早業についていけなかった。
「この……」
「お待ちを。あたしはここの用心棒のクネスと申します。侵入者のみなさん、動いたり暴れたりしたらこの子の首を刎ねて殺しますので、どうかお静かに」
クネスは知的な紫の瞳に眼鏡をかけている。妖しく艶かしい衣装を着ていた。その短刀の刃は鋭利に輝いている。
「……ただ黙って、賭けを観戦してくだされば危害は加えません。ご承知いただけますね?」
「ラグネに何かあったら、必ずきみを殺すから」
コロコは悔しそうにクネスをにらみつけた。ガセールが舌打ちし、ボンボが「ふざけんな」と息巻く。彼らふたりとカオカ、トナット、ブラディは、絵画が見られる位置まで移動してきた。
そして辛そうな顔で状況の推移を見守る。絵のなかで5人は「ふわふわした空間」に苦労していた。つい先刻の自分たちを眺める思いだ。
司会が手元の鐘を鳴らした。涼しい音が鳴り響く。
「ベットはここまでです! 札は決着がつくまで下げないように!」
小姓がメモを取って司会に紙を渡す。
「ええと……オッズは2:8でブラムさま優勢! それではブラムさま、よろしくお願いします!」
「分かった。神々よ、我が戦いをご照覧あれ!」
ブラムが上着を脱ぎ捨ててたくましい肉体を見せ付けた。闊達な足取りでクリスタルに入り、17階の異空間へと躍り込む。絵画の端にその巨体が登場した。
紫色の『孤城』をまとった『漆黒の天使』ユラガとその一行は、15階・16階を難なく突破した。
15階は乾き死ぬかのような熱波の異境だったし、16階はちょっとした迷路の世界だった。しかし、ユラガは『影渡り』の力を持つ『悪魔騎士』タリアをこき使い、ほとんど力任せに通過していった。
15階のサンドワームたちも、迷路の住人である骸骨剣士たちも、『孤城』の頑丈さと手刀衝撃波との前にはまったくの無力だった。
「ふふん! 魔神ガンシンさまの塔も、この最新鋭の鎧の前には――ひいてはこのユラガさまの前には、まったく歯が立たないとみえるね!」
そうして17階に上がって、このふわふわする世界に飛び込んだのだ。
「まるで夜空ね。綺麗……」
さっきまで鮫とラグネたちが戦っていたとも知らず、ユラガは「ふわふわした空間」を満喫した。もちろんそれは『孤城』ありきの贅沢だ。この甲冑には自在に空を飛べる能力が備わっており、それはユラガに姿勢制御や前進後退を約束してくれた。
「あいつらを呼んでくるかな」
ユラガは今出てきたクリスタルにいったん戻り、16階の迷路に出る。タリア、ナルダン、ロモン、コラーデが待っていた。
冒険者で盗賊のコラーデがキシシと笑う。
「その様子じゃ、17階はどうやら安全みたいだな。じゃあ俺たちも入るぜ」
「構わないわよ」
かくしてユラガを含めた5人は、そこが戦いの場になるとも知らず、のん気に異空間へ飛び込んだ。
早速コラーデが悲鳴を上げる。
「うわっ、何だよこりゃ! 全然前に進まねえぞ!」
近衛隊員で眉目秀麗なナルダンが、珍しいものを見たとでもいうように哄笑した。
「お前でもあわてることがあるんだな、コラーデ!」
彼はそうからかうが、思い通りに動けないのは自分も同じだ。
そんななかで、人一倍苦労したのがロモンだった。何しろ太っちょであり、縦幅と横幅が正方形に近い彼だ。どうにか柱につかまるが、それ以上一歩も動けなかった。
「こりゃ大変だ……! ユ、ユラガさん、何とかして」
「甘ったれんなデブ!」
ユラガは『孤城』の力で潜水のように飛翔し、18階へのクリスタルをいち早く発見する。
「よし、きみたちを運んでやるから、その場で待ってて……って、何!?」
水晶体から出てきたのは、岩のような顔に丸太のごとき大きな肉体を擁する壮年の男だった。ブラムだ。




