0260ワールド・タワー35(2141字)
「こ、この悪魔め……!」
「残念ね。わらわは天使ちゃんでしたっ!」
紫色の孤城が怪人の首を刎ねる。戦闘は終了した。
唖然とする一同の前で、紫の孤城が頭部から水銀のように流れ落ちる。そして足元で一個の小さな球体へと収縮した。
まとっていたのは……
タリアは目を見開き、おののきとともにその少女を凝視する。
「『漆黒の天使』ユラガ!」
見た目16歳のユラガは、青い肌で瞳は緑色だった。黒いドレスを身にまとっている。腰にベルトが巻かれ、そこには鞄がくくりつけられていた。
タリアは純粋な恐怖にとらわれる。何しろ一度殺されかけたことがあるのだ。
コラーデがユラガに、興味津々と目をすがめる。
「キシシ、凄いじゃんお前。あっという間に皆殺しにしちゃってさぁ……」
しかしユラガはタリアとコラーデを無視し、球体を鞄にしまうとスタスタ歩いた。血を流して苦しむロモンへ、取り出したポーションをかけていく。彼の傷は急速に塞がり、完治した。
「ロモン、ナルダンはあんたが治してね」
ロモンは助かったとばかりひと息つくと、彼と同じく重傷を負った色男へ回復魔法をかける。ナルダンも快癒した。
「ああ、ひでえ目に遭った。ベルシャ――だった女、お前は何者だ?」
壮絶なまでの美貌を擁するユラガは、ふたりを見下して微笑む。
「わらわは『漆黒の天使』にして冥界の管理者ユラガ。冒険者の武闘家ベルシャという仮の姿で、この塔に挑ませてもらってたんだ! ただ、きみたちがあんまりにも弱いから、もう正体見せちゃったけどね。てへっ」
タリアは恐怖で震え、舌をもつれさせがちに質問した。
「な、何で『冒険者ベルシャ』の姿をしてまで、私たちについてきたの? まさか、私たちへの復讐とかじゃ……」
一瞬忘我したかに見えたユラガが、一転笑い出す。
「まあガセールやラグネ、コロコたちにやり返したい思いはあるけどね。今度それをやったら、さすがにワジク姉さんもわらわへの叱責だけじゃすまなくなるだろうし……復讐はないよね、うん」
ロモンが目をしばたたいた。
「ガセール? ワジク姉さん? 誰ですか、その人たちは」
返事はつれない。
「ああ、きみには関係ないよ。気にしないで」
ユラガは再びタリアに視線を移した。
「わらわがこの塔に入ったのは、秘宝『武神の剣』がこの塔に隠されている、という噂を信じたからよ。それが欲しくてわざわざ魔神ガンシンさまの塔へ忍び込んだんだから……」
ナルダンは目を凝らす。理解できないというしるしだった。
「『武神の剣』? がどういうものか知らないけど、今のユラガなら必要ないんじゃないか? メチャメチャ強いし……」
「あのね、ナルダン」
ユラガは無知な生徒に根気強く勉強をさせる教師然とした。
「『武神の剣』は魔界の刀工ユウダが特別に鍛造したマジック・アイテムで、『世界を斬る』ことができるそうよ。ガミガミうるさい神々の糞ジジイどもに対し、こちらが備えられる最強の武具だと思わない? そうでしょう?」
最後はやや興奮気味に語る。タリアが脱線しかけた話を戻した。
「それなら別に『武闘家ベルシャ』の姿を取る必要はなさそうだけど……」
「ああ、それはワジク姉さんが追いかけてきたからよ。この塔に『不可視』を起動させて入った直後、わらわは柱の陰に隠れてフロアを盗み見ていたのよね。そうしたら読みどおり、ワジク姉さんが塔に入ってきた。黄色い『孤城』を着込んで、その能力『不可視』を起動させて、ね」
当時を思い出したのか、ユラガはけたけたと笑う。
「わらわの『孤城』のほうが性能が上で、こちらは鎧のおかげでワジク姉さんの姿が見えるのに、向こうはこっちにまったく気づいていないらしくて、ちょっと愉快だったなぁ」
ユラガは黄色いハンカチで両目を拭いた。涙が出るほど面白かったらしい。
「その後、『神の聖騎士』僧侶のラグネが、2階の昆虫魔物たちとひとりで戦っている隙に、わらわはベルシャの姿を取ったの。そしてこっそり柱の陰から出ていって、最初の24名にこっそり加わったの。これが『増えたひとり』のからくりってわけ。これにもワジク姉さんは全然気がついてなかったっけ。ウケるー!」
ユラガの独壇場と化した14階で、タリアは取りあえずの理解を得た。この塔にはユラガだけでなく、その姉であり人間界の管理者でもある『純白の天使』ワジクも侵入している。そして彼女は、ユラガが化けたベルシャの正体を見抜けなかった。
ワジクは今どこにいるのだろう。やはりこのワールド・タワーが転移・シャッフルしたことで、先行したラグネたち6人とともに、自分たちと完全にはぐれてしまったのか。
コラーデ、ナルダン、ロモンが、その顔に多重の疑問符を浮かべている。ロモンが勇気を出した。
「孤城だの天使だの、僕らにはちっとも分からないよ。ユラガちゃん、もっと詳しく最初から教えてよ」
ユラガはあっかんべーで答えた。
「説明するの面倒くさいから、わらわはパス! タリアに聞いてよね」
3人がタリアを見下ろす。タリアもまた面倒に感じたが、ここはちゃんと話しておかねばなるまい。ただ……
「鳥頭の死体の山のそばで話す気になれないよ。ちょっと場所を変えようよ、クリスタルのそばとか」
「ああ、そうしよう」
鳥頭たちの所持品を嬉々として漁っているユラガから離れ、タリアたちは移動した。




