0026悪徳の街04(2367字)
ボンボは唇を噛み締めた。つまりおいらたちは、この室内の金持ちたちの見世物として、急遽用意されたのだ。謀反の気があるかどうかはどうでもよく、単に生きのいい若者が酷い目に遭わされるのを見たかっただけ。
街の市民たちから重税でお金をしぼり取るだけでなく、こんな最悪の娯楽を心から楽しむなんて。町長レヤンとその取り巻きたちの、見事なまでの腐りっぷりがよく分かろうというものだ。
「ムヒョ……? おい女、お前はなぜ悲鳴を上げない」
すでに40回ぐらい鞭で叩かれ、背中を血まみれにされている。それでもコロコは、ラグネやボンボと違ってうめき声ひとつあげなかった。大勢の客が野次る。
「可愛く『いやーん』って叫べよ、オラッ!」
「おい刑吏! もっと強く叩け!」
「一番腕力のある奴が担当しろ!」
コロコはさらに激しく攻撃を受けた。背中の皮膚が切り裂かれる。むき出しの筋肉に、容赦なく革の鞭が飛ばされる。流血も尋常ではなくなっている。想像を絶する痛みだった。
でもコロコは、60回、80回と進んでも、やはり悲鳴を漏らさなかった。いっぽう、ボンボとラグネはすでに悶絶しており、うめき声を多少漏らすぐらいだ。
「98、99、100!」
とうとう背中百叩きの刑が終わった。結局コロコは屈辱と激痛の刑罰を、無言で耐え抜いた。彼女の意地に、観衆はむしろ清々しいものを見たとばかり、万雷の拍手を送る。まことに勝手な話ではあったが。
「ムヒョーッ! 気に食わん、気に食わん!」
この見世物を企画した町長当人としては、恥をかかされたということになるらしい。
「この女には不敬の態度がある! これはわたくしへの侮辱だ! おい刑吏、3人の拘束を解け! それから憲兵隊長!」
「ははぁっ」
「傭兵戦士のハルドを連れて来い! 戦闘の準備をさせてな! ムヒョヒョ!」
「承知いたしました」
拘束を解除されたコロコは、背中の激痛に顔を歪めつつ、ボンボとラグネの元へ這い寄った。
「大丈夫? ボンボ、ラグネ……」
自分の怪我よりふたりの状態が気になる彼女だ。
「何てひどい傷……!」
あいにく食事中に連れ出されたため、回復薬のたぐいは持ち合わせていない。ラグネは失神しており、彼に回復魔法をかけてもらうこともできない。
「ムヒョヒョ。おい女、そいつらを殺されたくなかったらこっちを向け」
コロコは振り返った。そんな簡単な動作だけでも痛みが走る。
「レヤン町長……!」
「そのふたりはこっちの人質だ。助けたければハルドと戦って勝つことだな。ムヒョヒョ」
「ハルド?」
室内に金属音を多数響かせて現れたのは、鎖帷子と板金鎧、短槍で武装した戦士だった。バケツを逆さにかぶったような兜からは、何の表情もうかがえない。
「戦士ハルドだ!」
「ハルド! ハルド! ハルド!」
「ハルドみたいな秘蔵の傭兵を見せてくれるなんて、レヤン町長は太っ腹だ!」
一気に会場に熱が戻った。舞台上の机が小姓たちによって片付けられ、即席の戦場ができる。ハルドが階段を使って舞台に上がった。遅れて、コロコが血をしたたらせながら登壇させられる。
百叩きという刑罰で悲鳴を上げるのが、武闘家としては屈辱だった。だから耐えた。しかしコロコのこの意地が、結果としてハルドとの余計な対戦を招いてしまった。
コロコはボンボとラグネを見やる。ふたりとも意識を失っており、放置されたままだった。早く試合とやらを終わらせて、彼らを回復してもらわねばならない。
もちろん、戦う以上は全力を尽くす所存である。今の状態で勝てるとは思えないが、やるだけはやるのが夢幻流武闘家のコロコの覚悟だった。
舞台上でハルドと向かい合う。レヤン町長が「始め!」と合図した。ハルドはどっしり腰を下ろし、一分の隙もない構えで槍の穂先をこちらへ向ける。はは、これは勝てそうにないね。コロコはこの構えだけで、相手がただ者でないことを悟った。
ふと気がついた。どうしてだろう、あの両手にはめられた篭手には、なぜだか見覚えがあるような……
「参る!」
ハルドが左脇に構えている槍を繰り出した。速い! コロコはとっさに身をかわしたが、先端は彼女の腕をかすめていた。背中だけでなく上腕からも鮮血が噴き出る。
「ぐっ……!」
先ほどのは刑罰だったから、責め苦に耐えてうめき声さえ漏らさなかった。だがこれはそれとは違う、純粋な試合だ。コロコは遠慮なくうめいた。
あの穂先を見切ってふところへ跳び込めれば、あるいは何千分の一の確率でも勝機が見出せるかもしれない。だがそのための体力と気力が、今のコロコにはかけらほども残されていなかった。背中の激痛はますます酷くなり、目はかすんで嘔吐寸前の吐き気に絶えず見舞われている。
再度の攻撃がきた。今度は左太ももに鋭い突きを食らい、血潮を引きずり出される。食堂全体がうねるような興奮に包まれた。
だけど、ここだ――!
「くっ……!」
コロコは左足を引かず、むしろ押し出す。そして床を蹴って跳躍した。
「ほう……」
ハルドが感嘆する。コロコは捨て身でハルドの間合いに跳び込んだのだ。その指が兜の、視界を得るために開けられている横に長い穴へかかりそうになる。もし引っかかれば、自分の体重でハルドの体勢を崩せるかもしれない。コロコはそう考えたのだ。
だが、ここまでだった。
ハルドは身を丸め、躍りかかってきたコロコを右肩で吹っ飛ばす。背中から倒れたコロコは、神経を剣山でかき混ぜられるような激痛に悲鳴を上げた。
「うあああっ!」
この模様に食堂内はやんやの喝采だ。やっと悲鳴が聞けたぜ、と喜ぶものもいる。
――しかし。
「えっ……」
「おい……嘘だろ」
「まだやろうってのかよ……」
何とコロコは、痛みをこらえて立ち上がったのだ。場内は静まり返る。
胸郭の闘志の炎は、いけ火程度しか残っていない。だがコロコは、逆転の機会をあきらめず、圧倒的不利のなかハルドの前に立ちふさがった。