0258ワールド・タワー33(2155字)
「ドレンブン辺境伯領じゃないぞ! 塔が移動したんだ」
フォニは透明な壁にすがりついて顔を寄せる。
「何これ……! どことも知れない未開の地みたいですね」
ナルダンが協調した。
「ああ、いったいここはどこなんだ? 最悪の場合、人間界ですらないかもしれない」
森と山と川が果てしなく続いている。見たことも聞いたこともない怪鳥が列をなして空を舞い、千切れ雲はなんだか暗色に支配されていた。
そんななかで、ロモンは冷えた仲間たちを元気にするべく、回復魔法をかけて回っている。近衛隊最強戦士のケバンが、ひたすら人間たちを癒していく彼に問いかけた。
「お前は外を見なくていいのか?」
ロモンは当然とばかりにうなずく。
「この11人で回復魔法を使えるのは僕だけです。そして僕はコラーデちゃんとともに、ブラディさん――パーティーリーダーを追いかけるつもりです。乗っていきたいという方はどうぞ、僕は止めません」
肥えた体を揺すりながら、ロモンは生真面目に次の仲間へ回復魔法をかけた。
そこへ鳥頭のリーダー格が近づいてくる。少し怒っているようだ。
「手短に、といったじゃないですか。『トドロキ』出航の時間です。透明の壁から離れてください!」
11人はあわてて隅に下がった。透明な壁が左右に開いていく。寒風が流れ込んできて、フォニは鳥肌が立つのを自覚した。
「『トドロキ』、出発進行!」
帆の代わりに生えている6羽の翼が、ばたばたと大きく動き出す。その風圧に鳥頭たちも11人も、柱か何かにつかまらねば吹き飛ばされそうだった。
飛行船『トドロキ』が塔の外へとその巨体を滑らせていく。やがて完全に離れると、翼を羽ばたかせながら滑空していった。
飛んでいる。あの巨躯で……!
「すげーっ! 本当に空を飛行していってる!」
オゾーンが師匠のジェノサの袖を引っ張って喜ぶ。子供は単純だな、と誰もが思ったことだろう。
船は風をまとって小さくなっていく。透明な壁が再び閉じられた。
「続いては『ザンキ』の出港準備だ! さあ、働いた働いた!」
鳥頭たちは、今度はもう一隻の出航準備に取りかかる。それを横目に11人は話し合った。
近衛隊員の女好きとして知られるゴメスが、輪になった一同を見渡す。
「どうする? 『ザンキ』に乗船するか? この塔から出られるぞ」
近衛隊のなかではもっとも美形なナルダンが、真剣に悩んでいた。彼はギャンブル好きで、「たとえ負けが続いても最後に勝てばいい」との思考の持ち主だ。
「塔を上っていくか、乗船して外に出るか、ふたつにひとつ。果たしてどっちが『勝ち』なんだろう?」
冒険者で魔法剣士のフォニが、飛行船『ザンキ』に目をやった。
「それにしても、もう1隻出航したら、このドックは空になりますよね? いったい鳥頭の人たちは、どうやって飛行船を作ったのか、この後どうするつもりなのか……私、気になります」
最強戦士のケバンが首肯する。
「まったくだ。さっきの奴に聞いてみるか」
鳥頭たちのリーダーを呼び、こちらへ来させた。
「乗船をお決めで?」
「違う」
フォニがさっきの疑問を解明すべく問いただす。鳥頭は何だ、と少し残念がった。
「この階は床に描かれた巨大魔法陣から、ふた月に2隻飛行船が浮かび上がってくるんです。それまで我々は、上下の階を確かめつつ、乗船賃を使って食いつないでいるんです」
ロチェがおどおどしながら尋ねる。
「じゃあ、この2隻目――『ザンキ』を逃すと、ふた月は外へ出られないわけですね?」
鳥頭は冷静に答えた。
「そのとおりです。もちろん、ふた月後にまた飛行船が現れるという保証はありません。そもそも、何でこの塔のあるじ・ガンシンさまは、このような仕掛けをなされたのか、それもよく分かっておりません。我々はただこの飛行船を使い、商いをしているだけなのです」
沈黙する一同に、怪人のリーダーは一礼すると、また『ザンキ』の出港準備に戻っていく。
オゾーンは師匠ジェノサに相談した。
「実際問題、『マジック・ミサイル・ランチャー』のラグネとザオター、それから光弾のコロコの3人は圧倒的に強かったよね。その3人を欠いて、果たして俺らは塔を上っていけるのかな」
それがまさに焦点だ。近衛隊長カオカや副隊長トナットらも不在であり、ここにいる11人では今後が不安なのだった。
コラーデは失笑する。
「もと魔法使いが3人、魔法剣士が1人、僧侶が1人。これだけいれば上るには十分じゃねーの」
ゴメスが気分を害した、とばかりに口をとがらせた。
「悪かったな、俺がもと盗賊で戦力にならなくて」
コラーデはキシシと白い歯を見せる。
「俺も盗賊だ。そうカッカするなよ、おっさん」
ロチェが泣き声で訴えた。
「みんなで飛行船に乗りましょうよ! とにかくこの塔はまずいです。絶対に死んじゃう気がする……!」
彼女らのもとに、さっきの鳥頭が戻ってくる。
「皆さん、もう時間がありません。15階へ上るのか、それとも飛行船で外へ飛び出すのか、そろそろお決めください」
ゴメスが皆へせかすように言い放った。
「よし、それじゃ15階へ行くって奴は手を挙げろ」
迷いなく挙手したのは、タリア、コラーデ、ロモンだ。やや遅れてナルダン、ベルシャ、フォニ。
タリアにとってこれは当然の選択のようだった。
「ラグネやコロコたちと合流したいし……いざというときには『影渡り』を使えばいいし」




