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0253ワールド・タワー28(2214字)

「そんなことが起きておったんか。いや、これは有益な情報だのう。お礼に、半日で消える召喚獣を――」


「そんなものはいいんです。それより、さっきの話はどうですか? ボンボさんがスライムに転生していて、人間界に流入していなければ、魔物として召喚できるかもしれない。そういうことでいいんですよね?」


 コンボーイの返事は非情な内容だった。


「それだけでは無理だ。ボンボボンが人間だった頃の、髪の毛や肉、あるいは骨のような、生前のものがないと難しいのう。わても試してみたいが、こればっかりは……」


「あるよ!」


 コロコが肩から提げていた鞄を下ろし、なかを必死に漁る。出てきたものは、灰白(かいはく)色の骨だった。驚愕するコンボーイに突きつける。


「これはボンボの骨よ。これなら生前のものとして使えるよね?」


 老人は丸くした目を戻すのに苦労したようだ。やがて力強くうなずく。


「うむうむ、十分だて。よくぞ持ち運んでおったのう。おぬしもボンキュボンのパーティー仲間か?」


「ボンボよ。……うん、一緒に旅したパートナーなの」


 パートナー……。ラグネは自分の表情の変化をコロコから隠した。作り直した顔でコンボーイに頭を下げる。


「それでは、お願いします! カオカさん、ブラディさん、ザオターさん、トナットさん、少しだけ僕らに時間をください」


「それは構わないが……」


 カオカとブラディが同時にあくびをした。眠いらしい。コンボーイが苦笑した。


「ラグネとコロコはわての助手として働いておくれ。成功するかどうかは魔法陣を描いてみないと分からん。長い作業になるだろう。そのほかの面々は適当な場所で睡眠を取るように」


 コンボーイは一辺が大人ひとり分の長さの、正方形の布を床に広げる。すでに多重円が描かれているそれへ、ラグネとコロコを助手に、緻密(ちみつ)な紋様を刻み込み始めた。


 こうして15階は眠る者の寝息と、羽根ペンが布に文字を描いていく音とで満たされた。


 ラグネとコロコがやったのは、コンボーイの額の汗を()いたり、魔物使いの呪文書を一部読み上げたり、老人が下書きした線を清書したり、といったものだ。


 ボンボに会いたい。ただそれだけの想いで、3人は魔法陣の欠損部を満たしていった。




 それからどれほどの時間が経っただろう。天井の光球がもっとも大きな陽光を注いでくる頃、魔法陣は完成した。そのときには全員目が覚めていて、ラグネとコロコを除く4人は魔法陣のそばで見物としゃれ込んでいる。


 この階の全体像も把握された。フロア中央に机と椅子、ベッド、大量の羊皮紙と布、食糧ケース。あちこち隙間なく描かれた魔法陣以外は、お粗末にもそれだけしかない。


 近衛隊副隊長トナットは待ちくたびれた、といいたげに肩を拳で叩いた。


「本当にボンボとやらのスライムを召喚できるか、ぜひとも拝見したいですな」


 ガセールは暑そうに、襟元をぱたぱたと開閉させている。要点を簡潔に振り返った。


「ボンボが冥界人に転生していては駄目で、スライムとして冥界に生まれ変わっていなければならない。なおかつ、スライムたちがひしゃげた魔法陣を通して人間界に侵攻する、その流れのなかに加わっていてもいけない。すでに人間界のスライムはほぼ絶滅しているからな。冥界にスライムとして誕生し、かつその世界に踏みとどまっている場合に限り、この試みは成功する……」


 ブラディが難しそうな顔をする。


「分の悪い賭けですね。……ラグネくん、コロコくん。本当にきみたちは、スライムになったボンボくんに会いたいのかい? 今なら引き返すこともできるけれど……」


 ラグネはコロコと視線を交錯(こうさく)させると、ブラディに対してはっきりうなずいた。


「会いたいです。会って、助けられなかったことを謝りたいと思っています」


「私も。目の前で白骨化してしまったあの光景は、今でも脳裏に焼きついてる。ごめんなさいって言いたい」


「そうか……」


 コンボーイは魔法陣の中心にボンボの白骨を置く。ほかの6人に下がるよう指示し、みずからも後退した。


「では、召喚してみよう。あくまでもそちらの人のいうとおり、これは分の悪い賭けだ。何も起きない、ということも十分ありえる。それは分かっておいてくれ。ほっほっほ」


 ラグネはコロコとともに首肯した。


 それを見て、コンボーイは呪文を詠唱し始める。おごそかな空気が15階に満ち満ちて、これから行なおうとする禁断の術にふさわしい雰囲気をかもし出した。


 コンボーイの呪文は、液体生物のなかから特定の一体を呼び出すという至難の(わざ)のためか、とにかく長い。ラグネはずっと緊張しっぱなしで、ただひたすら老人の口と手の動きを見つめるしかなかった。


「『召喚』の魔法!」


 ついにコンボーイはまじないを唱え終わり、魔法を発動させる。多重円が回転し始め、ラグネの胸は張り裂けんばかりに鼓動した。ボンボさん。どうか、どうか現れて――


「骨のあるじよ、今ここに現れたまえ!」


 老人が最後に強く発すると、魔法陣が輝いて、中央から不定形の液体状のものが浮かび上がった。


 明らかなスライムだ。20個の目玉を有し、短い腕や足がでたらめな箇所から何本も生えている。漆黒だった。


 ボンボさんだ。ボンボさんのスライムだ……!


 ラグネは歓喜のあまり、飛びついて抱き締めようかと考える。もちろん実行には移さなかったが。コロコはすぐ隣で嬉し涙を流していた。その近くで、ブラディが剣の柄に手をかけている。その視線に憎悪が乗って、スライムを100回ほど突き刺すようだった。

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