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0252ワールド・タワー27(2307字)

「ボンボよ。……コンボーイはその後どうしてたの? ボンボを送り出した後、何でこの塔に?」


 老人は目尻の涙を指でふき取る。


「わてはあやつを旅立たせた後、また自宅に引きこもって、魔物使いとしての自己鍛錬と研究とに没頭した。そこへスカウトがやってきてな。彼は、はるか北東のメタコイン王国のそのまた東にある国で、魔物使いを育成する教師役を(にな)ってほしい、と依頼してきた。いい加減資金が尽きかけていたわては、一も二もなくその話に飛びついたのだ」


 移動するだけで半年もかかってしまったわい、とコンボーイはそのときを苦々しげに振り返った。


「ともかく何とか辿り着いたわては、そこで生徒たちに教鞭(きょうべん)を振るい始めた。また同時に、魔物使いの真髄をつかむべく、求道(ぐどう)を再開した。そして3年前だったかな。その国の田園地帯のど真ん中に、この『塔』が現れたのは」


 ラグネは「塔が転移してきたんですね」と合いの手を入れる。コンボーイは首肯し、ベッドに腰かけた。


「とつじょ現れた『塔』に()かれ、わては戦士たちとともにその内部に侵入した。すぐに閉じ込められてしまったがな。それでも何とかこの15階まで到達した。塔からの脱出を目指したというより、残してきた生徒たちのもとへ戻りたかったのだ。……だが、ある悲劇がわてを襲う。腰痛だ」


 彼は真面目な顔で語り続ける。


「僧侶の呪文を使えるものは、もう戦士たちのなかにはひとりもいなかった。わてはこれ以上の冒険を断念することにした。戦士たちは別れを惜しみつつ、上の階に上がっていった。だがそれっきり戻ってこなかった。塔から出られたのか、それとも……」


 コンボーイは頭を振った。やりきれなさそうである。


「ともかくわてはもう高齢だし、ここを自分の墓所と決めて研究に励むことにした。そこで魔法陣をあちこちに描き、万全の警備体制を敷いた。水や食糧、情報などは通過する人や魔物からいただき、代わりにわては召喚獣をプレゼントしてやった」


 ラグネは目をしばたたいた。


「確か召喚した魔物は、しばらくすると暴走してしまうんじゃありませんでしたっけ。だからいちいちもとの世界に戻す必要がある、と……」


「そのとおりだ。しかしわては塔に入る前に、ひとつの解決策を見つけた。それは、『暴走しない代わりに、半日で消えてしまう魔物』の発見だ。種類は限定されてしまうが、これはなかなか頼もしい味方だ。もちろん、戦士たちにも付与した。効果があったのかどうかは、今となっては皆目(かいもく)分からないがの」


 ラグネは、赤い『孤城』を着込んで挑んできた『漆黒の天使』ユラガの言葉を回想する。彼女は確かにこう言っていた。


『ネケツちゃんやルバマちゃん、ガセールくんのような、「人間に深い恨みを持つもの」はそのままで。そうでない人間は赤ん坊として。この冥界に生まれてくるってことよ』


『運の問題よ。赤ん坊とスライム、どっちになるかはね。死の概念のない冥界では、スライムはせいぜい虫や魚でも食べて、闇のなかで細々と生きるだけ。でも人間界では、相手を殺して吸収できる。餌を捕食して空腹を満たす喜びを得られる。だから転移魔法陣に殺到したのよ』


 待った。これは、ひょっとして――


「コンボーイさん、僕はラグネといいます。ボンボさんとは一緒に旅したパーティー仲間でした。それでおうかがいするのですが……」


 ラグネは自分の頭がおかしくなったのかとも思ったが、それでも追求せずにはいられなかった。


「人間界で死んだ人間は、赤ん坊としてか、スライムとしてか、新たにどちらかとなって冥界に生まれます。このことはご存知ですか?」


 コンボーイはえらそうにふんぞり返る。


「わてを誰だと思うておる。最強の魔物使いコンボーイさまだぞ。それぐらいはとっくに調査済みだ。ほっほっほ」


 ラグネは次の質問を放った。


「では、もしボンボさんが冥界人として冥界に転生したならば――彼を召喚して会うことは可能ですか?」


 これが一番聞きたいことだった。ラグネはボンボの最期を見届けていないのである。せめて顔だけでも見たかったのだ。


 ラグネの肩に手が置かれる。コロコだった。瞳が不安げに揺れている。


「ラグネ……」


 コンボーイは顎をさすって考え考え答えた。


「あやつが冥界人として転生したならば、もうその軌跡を追うことは不可能だな……」


 ラグネはかすかな期待を打ち砕かれて、うつむいて唇を噛み締める。やはり無理か。悔しいし、残念だが、これはこれで仕方ないことなのだろう。


 ボンボの師匠は、しかし話を打ち切らなかった。


「……だがもし、あやつがスライムとして冥界に転生したならば――あるいは魔物として召喚できるかもしれない」


 ラグネは蘇生する思いでコンボーイに(おもて)を見せる。コロコも同様だった。


 近衛隊長カオカが目を見開く。


「そんな真似ができるのか?」


 冒険者ブラディも驚きを隠せなかった。


「待ってください。魔法陣からあれだけ大量のスライムが、僕らの世界に雪崩(なだ)れ込んできていたんですよ。そしてそのすべてが、ほとんど叩き潰された――。ならボンボくんという人のスライムも、人間界に入って殺されているのでは……」


 コンボーイが今度は話についていけない。


「『魔法陣からスライムが雪崩れ込んできていた』? それはどういうことだね」


 世捨て人らしく、人間界の世情には(うと)いようだった。


 ラグネは簡潔に説明する。悪魔騎士4人が冥王を呼ぶべく、冥界との通路となる魔法陣を開いたこと。それがひしゃげて、スライムが雨後の(たけのこ)のごとく人間界に流入してきたこと。その後魔法陣はコロコの光弾で破壊され、スライムたちは元栓を締められたこと。スライムたちはドレンブン辺境伯領にも押し寄せてきたが、すべて撃退されたこと……

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