0250ワールド・タワー25(2190字)
「な、何者だ?」
「わたくしはワジクと申します。神の使いの天使です」
ガセールは彼女のすまし顔が憎くなって、こめかみに青筋を立てた。
「ワジク、お前はその鎧の機能か何かで透明化して、余らをずっとつけていたのか?」
「はい、そうです」
悪びれる様子はまったくない。しかしそれはガセールをますます激怒させたりはしなかった。あまりにも泰然自若とし過ぎていて、かえって噴き出してしまう滑稽さがあったのだ。
「……なぜだ?」
ワジクはそれまで宙に浮かんでいた両足を接地した。髪の毛をかき上げるしぐさひとつ取ってみても、芸術的な美しさだ。
「わたくしは『汚辱のタルワール』が息を引き取り、妹の『漆黒の天使』ユラガ――冥界の管理人です――を捕まえたことで、取りあえず人間界への干渉を終えました。あとはユラガを神々の間に連れていき、彼女にしかるべき処罰を与えていただくだけです。しかし……」
ガセールはカオカとコンボーイの困惑顔をちらりと一瞥した後、ワジクに顎をしゃくって続きをうながした。
「しかし、ユラガはわたくしの手を振りほどき、神々へ謁見する前に逃走してしまいました。彼女を捜し出そうと、わたくしは再び人間界へ戻ります。妹の行き先はすぐに分かりました。ドレンブン辺境伯領に、魔神ガンシンの塔がそびえ立っていたからです。それははるか遠くからでも視認できるものでした」
ワジクはとうとうと語る。
「かつてユラガはこの塔のなかに、『武神の剣』という恐るべきマジック・アイテムが隠されているとの噂を話していました。そのときのはしゃぎようは忘れようにも忘れられません。何でも『世界を斬る』ことができるとか何とか……」
なるほど。それでユラガはこの塔に入ってきたわけか。ガセールは最初の混乱を思い出す。
『ラグネがこの塔の2階に入ったとき、残った全員の総数は23名だったはずだ。それが今、数えてみると、ラグネともうひとり増えて25名になっている!』。
「ひとり増えたメンバー。それが恐らくはユラガなのだな?」
ワジクはじゃっかん首を傾げた。
「どうなんでしょう。妹ユラガもまた『孤城』で透明化していると思われますが――彼女の持ち出した最新の『孤城』には、ほかにも機能があったのかもしれません。たとえば変装するだとか……」
もはや何でもありだな。ガセールは皮肉に考えた。しかしそうなると、単独冒険者の最後のひとり、ベルシャこそがユラガの蓋然性が高い。自己紹介で「わらわは武闘家のベルシャ」といっていたが、ユラガと同じ一人称『わらわ』を使っているところがますます怪しく感じられる。
ワジクは腕を組んで困ったような溜め息をついた。
「あの妹なら、なかなか出会えない『塔』を見つけて、『武神の剣』獲得に逸ったかもしれません。神々にこき使われて、いい加減頭にきていたようですから。根は単純な人なんですね。そう考えて、わたくしは後を追いました。黄色い『孤城』で身を包むと、その孤城の機能『不可視』で透明となって塔に入りました。もしユラガがすでに塔のなかにいるならば、叱って連れ戻さなければなりません。そしてそれは、至極穏便に行なわれるべきだと考えました」
近衛隊長カオカは信じがたい話をするワジクに、それを思慮深そうに聞き入るガセールに、とてもついていけそうにないという顔をしている。つまりは諦めたのだ。
ワジクは続けた。
「でも間抜けなことに、コロコ、ラグネたちのそばであちこち見ているうち、塔の出入り口が塞がって、出られなくなってしまったんです。閉じ込められた、と気づいたときにはもう手遅れでした」
いかにもしょうがない、といった表情で自嘲気味に語る。
「私を除く全員が2階に上がったところで、私はこっそり1階の壁に衝撃波を見舞ってみました。ですが、『マジック・ミサイル』や光弾同様、それは壁面に吸い込まれてしまうのです。仕方なく、わたくしはラグネやコロコたちを追いかけ、つかず離れずの状態で見守ることにしました。ユラガのことは一時的に放っておいて……」
ガセールは不満を覚えてなじるように指摘した。
「ワジク、お前が早い段階で姿を現し、一行に加わっていたなら、無駄な死人は出なかったはずだ。塔8階の石の竜に6人も殺されたんだぞ。その間、お前は透明化したままずっと眺めていたのか。助けようともせず、ただひたすら余らの苦闘を見ていたのか」
ワジクは卑屈さを感じさせない程度に謝罪する。
「すみません。実はその前、塔6階のアリ地獄では、死にかけたラグネを助けているのです。ただ、その際に魔神ガンシンさまににらまれたような感覚を覚えて、それ以降は助けたくても助けられない、という状態に陥りました。すみません」
ただ、とワジクは居直った。
「わたくしは人間界の管理を任された『純白の天使』です。必要以上に人間にかかわることは避けておきたかったんです。それにこの魔神ガンシンさまの塔は、人間界にありながら、塔内は魔神の支配下にあります。出過ぎた真似をして抹殺される愚は避けておきたかった。それが正直なところです」
ガセールは鼻で笑う。
「ふむ。それで余らに味方することも敵対することもなく、ただひたすら余らの行動を監視してきた、というわけか。大した管理者だな」
それまで黙って聞いていた、自称『最強の魔物使い』のコンボーイが、「亡霊みたいな奴」が天使であると知り、戦々恐々と口を開いた。




