0025悪徳の街03(2320字)
「そんな……!」
ラグネは震え上がった。今まで公的機関の兵士に捕縛される、なんて機会はなかったからだ。魔物たち相手に戦うのとはわけが違う。
隊長らしき面長の人物が、羊皮紙の人相書きとコロコたちを見比べた。
「よし、お前らだな。町長の屋敷へ今すぐ来てもらうぞ」
コロコが手枷をはめられながら抗議する。
「私は今日3年ぶりにエヌジーの街へ来たのよ!? 町長への謀反の意志なんて、あるわけないじゃない!」
「黙れ! 大人しく従うんだ」
ショーとガッカの夫妻は憲兵隊の得物に恐れをなして、すっかり抵抗の意思をなくしている。ボンボもラグネも手枷をかけられて、3人は背中を小突かれながら外へと連れ出された。
「酷すぎる……!」
ボンボが悔しそうに吐き捨てた。こんな横暴な目に遭うのは、彼の人生でもそうなかったことなのだろう。聞きとがめた憲兵のひとりに横っ面をはたかれた。
ラグネはお先真っ暗なこの状況を悲観し、涙目になって、コロコとボンボとともに馬車の荷台に乗せられた。
「出発だ!」
隊長の合図で4頭立ての馬車が走り出す。暗闇のなか、3人の運命に無関心な月が、こうこうと輝いていた。
ある程度走ったところで、御者は馬を止めた。もう目的地に着いたらしい。
「くれぐれも町長やお客さま方に失礼のないようにな」
隊長はそういって、憲兵隊とともに3人を馬車から降ろさせた。コロコは月明かりに照らされた広壮な木造建築を見やる。2階建てで、1階はレンガの壁、2階は漆喰の壁となっていた。
「何よこれ……。3年前はこんな立派な建物なかったよ」
ボンボが隊長の背中に尋ねた。
「何でおいらたちが『ショーのパン焼き工房』にいることが分かったんだ?」
「冒険者ギルドでギルドマスターのゲマに聞いたからだ」
「何でおいらたちが冒険者だと分かったんだ?」
「門番が報告してきたからだ。……ええい、黙れこのガキ」
隊長がドアを叩く。「俺だ。連れてきた」とだけ述べると、なかのものが扉を開いた。
とたんに、乱痴気騒ぎの物音がここまで届いてくる。ラグネは宴会でも催しているのかな、と考えた。
曲がりくねった通路を進み、そこのドアを開けると、ラグネの予想どおりの光景が待っていた。酒宴が行なわれていたのだ。3人の登場に、一同が一斉に視線を向けた。やんやの喝采をする。
かなり大きい食堂だった。金銀細工を身にまとったきらびやかな男たちが、綺麗な女たちとともに酒と会話にうつつを抜かしている。
一段高い舞台に王様のように座る男がいた。そいつはちょび髭に尖った顎、小さい黒目がちのまな差しで、人間をかたどった怪物に思える。
その男に、隊長が肺活量を誇示した。
「レヤンさま、お望みでした3人の冒険者たちを連れてまいりました!」
レヤン? するとこのちょび髭が、現在エヌジーの街を取り仕切る町長なのか。
レヤンは左右のたおやかな美女とデレデレしながら、軽くゲップをする。
「ムヒョヒョ、ご苦労。ええと、コロコにボンボ、ラグネか。貴様らはこのエヌジーの街に、わたくしを殺そうと考えて侵入してきた疑いがかけられている」
コロコが激しく訴えた。物怖じしないのが彼女の長所だ。
「そんなわけありません! 誤解です!」
町長はその言葉を待っていたとばかりに嘲笑を放った。
「ムヒョヒョ、ならばその誤解を解かなくてはな。衛兵! 3人を柱にくくりつけろ!」
「ははぁっ!」
コロコたちは会場のむかって右の列柱回廊に連れていかれる。手枷をようやく外してもらえたかと思いきや、太い柱に抱きつくように強要された。そして左右の手首を紐でくくられ、柱の裏側を通して両腕を固定される。場内は妙な期待感でざわつき始めた。
いったい何が行なわれるというのだろう? ラグネは嫌な予感しかしなくて、心臓が早鐘を打つのを止められなかった。さっきまであんなに幸せだったのに……
レヤンは3人にとんでもない宣告をした。
「わたくしの故郷では、背中百叩きの刑に耐えたものは、その言の正しさを認められるという言い伝えがあってな。お前らには今からその刑を加えてやる。ムヒョヒョ、ぜひとも耐えて、真実を教えておくれ」
背中百叩き!? ラグネは思わず失神しそうになった。前に別の街で、この刑が行なわれている現場に立ち会ったことがある。受刑者は皮膚が裂け、血が飛び、肉が露出するほど背中を叩かれ、途中からは意識がなかったようだった。刑の後、回復魔法をかけられて無事命を取りとめたという話だったが、あれほど恐怖を覚えたことはなかった。
あの刑を、この自分が受けるというのか!? ラグネは半泣きで叫んだ。
「ま、待ってください! そんなの受けたくないです! どうか勘弁してください!」
しかし町長は容赦ない。
「もしこの刑を受けないなら、お前らの言うことは真っ赤な嘘、すなわち謀反を企てたものとして斬首だな。ムヒョヒョ、どっちがいい?」
こんな嫌な二者択一は前代未聞だった。ラグネはとうとう涙をこぼす。そしてコロコに目顔で訴えた。
マジック・ミサイル・ランチャーを使って、何もかも吹っ飛ばしましょう、と。
だがコロコは小さく、はっきりと首を振った。さすがにまだ何もされていないうちから、それはまずいといいたげだ。ラグネの光の矢をなるべく他人に見せたくない、というのもあったのだろう。
こうなればラグネも覚悟を決めるしかなかった。泣きながらレヤンに告げる。
「……背中百叩きを受けます」
「ムヒョヒョ、よろしい! では刑吏たちよ、百叩き、開始ーっ!」
鋭い鞭がコロコの、ラグネの、ボンボの背中に叩きつけられる。あまりの痛みにラグネとボンボは絶叫した。
「ぎゃあっ!」
「ぎええっ!」
食堂の男女たちは、次々に叩きつけられる鞭と、それによって放たれる男2人の悲鳴に熱い喝采を送った。