0248ワールド・タワー23(2132字)
「お願い、私はどうなってもいいから、ラグネだけは助けてあげて。お願い……」
「無論だ。お前も何とか助けるから、頑張れ。行くぞ、ザオター」
近衛隊長カオカが、ザオターことガセールとともに、15階へのクリスタルへ向かおうとした。
と、そのときだった。
近衛副隊長トナットが両肩をすくめた。
「やれやれ、しょうがないですな」
そういって、今度は生真面目に、いきなり呪文を詠唱し始める。その内容に、コロコは聞き覚えがあった。
「それは……!」
トナットはラグネに手をかざす。
「『回復』の魔法!」
ラグネが急速に回復した。頬に赤みが差し、呼吸がゆるやかになって、発汗が止まる。両目を開き、上体を起こした。
回復魔法には解毒効果もある。ラグネは一瞬にして毒を取り除かれ、健康も取り戻していた。
「た、助かった……。って、コロコさん! 今回復魔法をかけますからね!」
ラグネは僧侶である。コロコの毒とそれによる体調不良を、鮮やかな手並みで除去させた。コロコの顔に血色がみなぎり、ラグネの手を探して握る。
「死ぬかと思ったよ。よかった、よかった……本当に……!」
ふたりして涙をこぼした。お互いに泣き笑いの顔になる。
カオカは一連の流れに驚きを隠せなかったようだ。難詰するようにまくし立てる。
「おいトナット、お前はもと盗賊だったんじゃないのか? なんで僧侶の力を持っている? そんな力があるなら、なぜ最初からラグネの毒を治さなかった?」
トナットは頭をかいてすっとぼけようとした。
「いやあ、気がついたら使えてました」
カオカがトナットの尻に重爆キックを叩き込む。
「あいたっ!」
「真面目に答えろ!」
でん部の痛みを大げさにアピールしつつ、副隊長はほかの5人に説明した。
「なに、大したことじゃありません。私はもと僧侶で、もと盗賊なんです。転職経験があったわけですな。ではなぜ前者を隠していたかというと、それを明かせば近衛隊の後方支援の役目に回されただろうからです。私はこう見えて武器に達者でしてね。前方で武勲をあげて、実績を積み上げることに自信と誇りがあったんですよ」
カオカはその言を認めるような眼差しだ。
「まあ、確かにすっとぼけてはいるが、トナットの本気の強さは俺もよく知っている」
トナットは苦笑した。
「ありがとうございます。……それで、私は近衛隊副隊長の座までのぼり詰めました。もし今さら僧侶の資質を持っていた、などと明かせば、偽証の罪で降格されるでしょう?」
「まあな」
「そう考えて、騙しとおすしかなかったわけです」
「じゃあなぜ今僧侶の資質があることを表に出した?」
トナットは髭をさする。その髭はもみ上げと繋がっていた。
「やっぱりラグネとザオターの強力な『マジック・ミサイル・ランチャー』と、コロコの光弾は、この塔を突破する大いなる武器ですよね。そのうちふたつを失うことなんて考えられなかった。だから禁を破って僧侶の力を使ったんです。今は私以外に5人しかいないから、見なかったふりをしてもらえないかなあ、という期待もありました」
冒険者ブラディが腰の左右に両手を引っ掛け、微笑した。
「僕は見ませんでしたよ」
コロコ、ラグネ、ガセールも同意する。しかし近衛隊長カオカは首を振った。トナットがショックを受けたようなしぐさを見せる。だが、カオカはこう口にした。
「俺は最近どうも白昼夢を見る。今日も副隊長トナットが回復魔法を使っている夢を見た。最近の俺はどうかしている……」
トナットはほっと胸を撫でおろし、カオカに笑いかける。
「ありがとうございます、カオカ隊長。あなたが今は女神さまのように思えます」
「……調子に乗るなよ」
「はい」
そのやり取りに、ほかの4人はそれぞれ笑った。
その後、コロコは塔の転移と入れ替えについて、観てきたこと、戦ってきたことを伝えた。すでに知っているガセールを除き、誰もが驚いていた。
自分たち6人がこの14階に入ってすぐ、無音・無振動で塔がシャッフルされたのだ。その結果、フォニやタリアやオゾーンら11人とは離れ離れになってしまったのである。きっと彼らは、我慢しきれず14階に上り、そこにカオカらの姿がないのでびっくりしていることだろう。
近衛隊副隊長トナットが唇の端をひん曲げた。
「てことは、私は寒がりだったためにカオカ隊長と離れずに済んだわけですね。こいつは分からないもんだ、人がどうなるかなんて」
冒険者ブラディが険しい表情で胸中を明かす。
「コラーデとロモン……パーティメンバーのふたりと僕とは、別々に行動しなきゃならないのか。ずっと一緒にやってきたというのに……」
悔しそうに拳を握り締めた。その気持ちはコロコにも分かる。魔物使いにして故人のボンボの鞄を肩に提げた。
「行こう、15階へ! 離れた人たちとは、きっと最上階とかで会えると思うから……」
カオカが村長に声をかける。彼らはここで平穏に暮らしていたのだ。
「すまないな、邪魔をして。上の階に行くから、クリスタルへ案内してくれ」
「分かった」
老人の先導で歩いていく。その最中、ラグネは毒蛇にまた咬まれやしないかと、足元に細心の注意を払った。
「これだ」
各階変わらず宙に浮いている水晶体。ほのかに光を放っていた。ラグネがカオカを後ろから抱えようとすると、彼女は拒んだ。




