0247ワールド・タワー22(2134字)
ともかく今は密林の14階へ戻ることを最優先にしなければ。コロコは背後のクリスタルとの距離を測ると、魔物に再び右拳を向けた。触覚を失った両足を無理やり突っ張って尻を浮かせる。
「くらえっ!」
最大出力の光弾を、トカゲの顔へ盛大に叩きつけた。撃ち砕かれた怪物はばらばらに吹き飛び、コロコは撃った反動でその五体を後退させる。
しかし――
足りない。あと少し、ほんの人ひとり分。コロコの体はクリスタルには届かなかったのだ。
「嘘でしょ……」
絶望がコロコの心臓をわしづかみにする。最大の光弾を放ったため、コロコはとてつもない疲労感に襲われていた。それでも尻もちをついたまま、亀の速度で後じさりしていく。
だが、トカゲの再生の方が圧倒的に速かった。怒りに打ち震えるトカゲは、低く這い進んできて、再びコロコを口にくわえた。
痺れの回り方が思っていたより速かった、それが誤算だった。全力の光弾も、健康なときのそれと比べて圧倒的に弱かったのだ。
もう反撃する力は残っていない。これはさすがに駄目か。コロコは覚悟を決めた。
巨大トカゲはコロコを丸呑みにして、喉を通過させようとする。それにあらがう術もなく、コロコは静かに目を閉じた――
と、そのときだった。
怪物がコロコを吐き出したのだ。
「えっ……!?」
地面に落ちて腰を打ったコロコは、苦痛に顔を歪めながら事態を悟った。
背後から黒い矢が無数に飛翔して、トカゲの巨躯に命中する。振り返るまでもない、これは『冥王』ガセールの『マジック・ミサイル・ランチャー』だ。
「どうやら散々な目に遭っていたようだな、コロコよ。間に合ってよかった」
黒き矢は魔物を散々に撃ち砕き、同時に消滅させてもいた。コロコの光弾がまるで通じなかったのに、ガセールの『マジック・ミサイル』は敵を完全滅殺へと追い込んでいく。
「くたばるがいい……!」
巨大トカゲは周りの泥を必死にかき集めて再生を目指すが、残余のそれはどんどん減少していく。やがて化け物は姿を維持できなくなった。もとの個体が何だったか分からぬほどの凋落ぶりだ。
そして魔物は完膚なきまでに滅ぼされ、13階は沼も霧も消滅した。ガセールの完勝、というより一方的な撃滅に終わる。
冥界の王は軽く溜め息を吐いた後、コロコに話しかけてきた。
「どうやらその様子だと毒を受けたみたいだな。立てるか?」
「ガセールは何でこの階に?」
「お前がいつまで経っても戻ってこないから、どうなっているのか確かめに来た。猛吹雪の13階が霧と沼に変わっていて驚いたが、これは塔が転移し、各階が入れ替わったことの証左だろう」
コロコはなるほど、とうなずく。
「つまりロモンたちは別の塔の13階で、私たちが戻るのを待っているのね。吹雪に震えながら……」
「そういうことだ。あいつらなら、たぶん痺れを切らして14階に上がっているに違いない。密林とはまた別の14階にな」
ガセールはしゃがみこみ、コロコを抱きかかえた。コロコは暴れるわけにもいかず、おとなしくなすがままにされる。毒がだいぶ回っていて、そもそも暴れたくても暴れられない状態ではあったが。
ふたりはクリスタルに入り、密林の14階へ戻る。そこにラグネやカオカたちの姿はなく、水晶体のすぐそばに若い狩猟民族の男がひとり立っているだけだった。
彼は褐色の半裸で、面白くもなさそうにひとつ首肯した。
「戻ってきたな。ついてこい」
それだけ言うと、さっさと歩き出す。コロコはガセールに抱えられたまま後に続いた。
「ラグネは? ラグネはどうなったの?」
「着けば分かる」
導かれるまま移動した先には、小さな集落があった。20人ほどの老若男女が、木の枝を石で削ったり、何か食べ物をこねたりしている。彼らの目に来訪者を歓迎せぬ光があった。
その近くで近衛隊長カオカや副隊長トナット、冒険者で魔法剣士のブラディが座っている。その目前では、ラグネがいよいよ危篤状態となっていた。
彼はすっかり衰弱しきっている。肌の色も悪く、体力が尽きかけていることが傍目にも分かった。
僧侶ロモンを連れ帰ることができず、それどころか自分までもが――種類は違うにしても――毒にかかってしまう。こんな無残なことがあるだろうか。ガセールはコロコをラグネの隣に寝かせた。ブラディが目をしばたたく。
「コロコくん、きみも毒に? ……村長、本当に解毒薬はないんですか?」
彼が隣の老人に顔を向けた。村長は胸を張りながら回答した。
「ない。我らは蛇に噛まれぬ。それが我らの誇りだ」
カオカはもと魔法使いとして、『水流』の魔法で水を汲んだのだろう。コロコとラグネのふたりに水筒の水を含ませた。正直、それ以外にやれることもないのだろう。
やがて彼女はまなじりを決して立ち上がる。
「今すぐ15階に向かうぞ。階下が駄目なら、上階に活路を見い出すしかない。とにかくポーションかエリクサーを調達するか、回復魔法を使えるやつを引っ張ってくるかしない。そうでなければ、もう持たないだろう」
コロコは全身の痺れでほとんど動けなくなっていた。毒を受けたが、それは苦痛にさいなまれる類ではなく、ただただ痺れるものである。流血を続ける両足の傷も、その痛みを感じられなかった。それは幸か不幸か……
ありったけの力を込めて、コロコは口を開いた。




