0245ワールド・タワー20(2108字)
凍えるような寒さのなかで、全身ずぶ濡れになりながら、一行17人は降雪やまぬ13階を探索した。あまりの寒さに震え上がり、上下の歯をかち合わせながら、次の14階へのクリスタルを目指す。
最初にその微弱な輝きに気づいたのは、10階から加入した冒険者のフォニだった。
「あっ! あそこに水晶体が浮かんでます!」
「でかした!」
近衛隊長カオカが嬉々として、ラグネの光を反射させるクリスタルへと走り寄る。だがひとりのうのうと飛び込むような愚は避けた。直前で足を止め、こちら側へと振り返る。
「俺がラグネとともに真っ先に入るのは今までどおりだ。ただ、今度はコロコとガセール、ブラディもすぐに来い。この階のように敵がいるかも知れないからな。なるべく早く14階の安全確認――というより制圧――を行なって戻ってくる。それまではロモンの回復魔法を駆使し、凍死を回避して待っていてくれ。そのリーダーは近衛隊副隊長のトナットに任せる」
特に反対の声は上がらなかった。カオカはうなずくと、クリスタルに入ろうとする。
だが――
「待った。私も行きますよ」
挙手して声を発したのはトナットだった。彼は鼻水を氷柱のようにして、おこりのように体をわななかせている。
「私は寒いのは苦手でね。もしよろしければ、その先発隊に同行させてもらえませんかね? なに、お手数はかけませんから」
コロコとカオカの目が合った。仕方ない、とばかりにうなずき合う。
「よし、来いトナット。フォニ、リーダーは任せたぞ」
「ええっ、あたしがですか? 無理ですよ!」
カオカは肯んじえなかった。
「俺たちが戻ってくるまで待っていればいいだけの話だ。頼む」
フォニはまだ何か言いたげだったが、カオカが頭を下げたのを見て言葉を飲み込む。
「分かりました。ここで待機してます」
「悪いな」
こうしてラグネがカオカを、ガセールがトナットを抱えて水晶体に身を投じた。コロコ、ブラディも続く。そうして目の前に広がったのは――
「暑いね……」
コロコは14階――蒸し暑い密林の世界で、率直で正直な感想を述べた。砂漠のようなからっとした空気ではなく、肌にじわじわまとわりついてくる湿った大気。不快感が募る。
副隊長トナットがとぼけるように言った。
「やれやれ、氷づけから逃れたら、今度は蒸し焼きですか。まったくこの塔の作者は、意地が悪いというかなんというか……」
鳥の鳴き声が聞こえる。ぬかるむ地面、行く手を阻む草、丈高く伸びた木々……。視界のほとんどが緑色で埋め尽くされていた。
天井すれすれの位置からは、あの12階の農場にあったような光球が辺りを照らしている。あれが太陽代わりに回転し、塞がれている半球と入れ替わって、この階に昼夜を作り出しているのだ。
羽虫が耳元をうなりを上げて行き来する。コロコは手を振って追い払ったが、しばらくしたらまた飛んできて、うるさいことこの上なかった。
ガセールが周囲を見渡している。ふと気づいたように地面の一部を指差した。
「人の足跡だ。裸足のようだな」
この階を通った人間がいるのだろうか。コロコはその痕跡に目を凝らす。
「縦に深いから成人の蓋然性が高いね」
近衛隊長カオカは耳をそばだてた。
「人の話し声が聞こえてきたような……。錯覚か?」
ブラディが熱心にうなずく。
「僕も何となく聞こえました。今は止まってますが……」
ラグネがいきなり後ろで叫んだ。
「痛っ!」
何事かとコロコは振り向く。彼のふくらはぎに、地味な灰白色の蛇が食いついていた。被害者ラグネはすぐに光の球を出現させ、不届きものの胴体を『マジック・ミサイル』で消滅させる。そして、噛み付いている頭部を強引に引き剥がした。
「だ、大丈夫!? ラグネ」
コロコはかつて、『悪魔騎士』ケゲンシーがラグネに死毒の魔法を撃ちこんだときのことを思い出していた。あれとはまた違うし、地味で小さな蛇だけど、毒を持っていないとは限らない……!
「うう……」
ラグネがその場にしゃがみ込んだ。ろれつの回らない声で不調を訴える。
「な、何だか気分が……悪くなって……きて……」
コロコは自分の顔から血の気が引くのを感じた。ラグネが横倒しに地面へ倒れるのを見て、いよいよ自分の勘が当たっていたと気がつく。
「ラグネ!」
コロコはラグネの傷口付近の服を引き裂いた。それでラグネの太ももを縛る。爪で患部の膝寄りを引っかき、できた赤い線に口づけした。
とにかく毒を吸い出さなきゃ……!
コロコは吸っては吐き、吸っては吐きして、少しでも毒が体に回るのを阻止しようとする。
見ればラグネは意識朦朧としていた。両目を閉じて息も絶え絶え、ひどく発汗している。
「どうした!?」
カオカらほかの4人が後方の異変に気づいたらしく、コロコたちのもとへやってきた。コロコは涙を流して訴える。
「ラグネが毒蛇に噛まれちゃった! ねえ、誰か助けて!」
「何だと!? そ、そうはいっても……!」
カオカたちは困惑していた。彼女自身と、『冥王』ガセール、冒険者の魔法剣士ブラディ、近衛隊副隊長トナット。誰ひとりとして回復魔法を使えない。
「ポーションかエリクサーを持ってたりしないの?」
傷を治すだけでなく、毒をも中和する魔法の薬。だが4人はそれにも首を振った。
 




