0244ワールド・タワー19(2180字)
カオカが残りの17名を呼びに戻り、全員が凍える13階へと入った。
弓使いで女の近衛隊員ラペンは、この凍死しかねない状況において不満を吐き出す。
「これじゃあたしの弓矢がまっすぐ飛ばないじゃない!」
そこですか? ラグネは呆れた。
冒険者で魔法剣士のブラディが、ラグネにこちら側を向くようお願いする。
「きみの背中の光球で暗闇を照らすんだ。そうじゃないと先へ進めない」
「分かりました」
ラグネはかつて海辺のダンジョンで、『悪魔騎士』デモントに同じことをされたのを思い出した。まあ、頼られているのは間違いないし、別に不快感もないのだが。
それにしてもすごい吹雪だった。歯の根をガチガチ言わせつつ、後ろ向きに歩きながら、ラグネは人間ランタンに徹する。
降雪と寒風の音に紛れて、何らかの地響きが聞こえた。これは何だろう?
コロコが悲鳴を上げる。
「ラグネ、よけて!」
次の瞬間、ラグネの側頭部に硬いものが激突した。
「ラグネ!」
コロコは視界が再び真っ暗になる前に、ラグネを襲った怪物を見極めていた。大人ふたり分の身の丈を誇る雪男だ。全身を白い体毛で覆い、やたらとごつい体格をしていた。それが2、3体いる。手に手に鈍器を所持して、ラグネの光のなかに入るや否や攻撃してきた。
ラグネは背中を向けていたためだろう、反応が遅れ、イェティの棍棒で殴り倒されてしまう。コロコは怒りのあまり光弾でイェティを吹っ飛ばそうとした。しかし次の階へのクリスタルにも命中してしまう可能性があったので、それは控える。
光球が消えて、視界はゼロとなった。しかしイェティには見えているらしく、彼らが躍動する音が風に乗って聞こえてくる。
男のものと思われる断末魔の叫びが鼓膜を乱打した。
「ひぎゃあああっ!」
「その声はラックリー! どうしたの、大丈夫!?」
コロコの呼びかけに答えてきたのは、かぼちゃの潰れるような破砕音だ。視界ゼロのなか、近衛隊隊長カオカの怒声がとどろいた。
「逃げろ、前の階に戻るんだ! 急げ!」
この指示は通常の階なら問題なく受け入れられただろう。だがこの猛烈な吹雪でクリスタルの微弱な輝きを探し出すのは、困難を極めることこの上なかった。
「た、助けてぇっ!」
これは弓矢使いの近衛隊員ラペンのものだ。直後に硬いものが粉砕される嫌な響きが、遠くから聞こえた。
「ラペン!」
もう駄目だ。コロコは観念した。ラグネを救出しようにも彼がどこに倒れているかが分からない。かといって無闇に光弾を使えば、クリスタルを破壊してしまうかもしれない。八方ふさがりだ……
と、そのときだった。
「コロコくん! 光弾を斜め下に連射できるか?」
ブラディが叫んでいる。そうか、その手があったか。コロコは蘇生した思いで、右拳を握って斜め下に構えた。弱い光弾を連続で発射する。
その光が暗闇を照らし出した。塔の壁や床や柱は光弾を吸収してしまい、破壊することはできない。それを利用して、絶え間なく閃光を放つことで、周囲を見渡せるようにするのだ。
「見えたぞ!」
ガセールが黒い矢で雪男たちの頭を吹き飛ばした。巨体が次々に床へと倒れる。どうやら怪物たちは3体で全部だったらしい。もう重低音は聞こえなくなった。
コロコはラグネを見つけ、そばに駆け寄る。彼は即頭部から血を流して倒れていた。コロコはラグネを失う恐怖で、寒さ以上に震え上がる。
「ロモン、お願い! ラグネを助けて!」
冒険者パーティーの僧侶ロモンが、コロコの光を頼りに駆けつけてきた。寒さにかじかみながら呪文を詠唱する。
「『回復』の魔法!」
手をかざした。ラグネの流血が止まる。
「うう……」
ラグネは目を開け、起き上がった。それまで半死半生だったのが嘘のように、頬に赤みが差し、その顔色は優れていた。
「あれ……。僕は何で……」
「ラグネ!」
コロコはしかし、ラグネに抱きつく前に光弾の撃ち過ぎで失神しそうだ。疲労明らかな声音でお願いした。
「ラグネ、光球出せる? 私、少し疲れてきちゃった」
「は、はい! 今すぐに!」
ラグネは背中側に光球を生じさせる。途端に周囲が明るくなった。13階は、相変わらず風強く吹雪いている。そこへ近衛隊長カオカが走ってきた。
「ロモン、ラグネ! ラックリーとラペンを回復してやれ! 今すぐにだ!」
雪は床に落ちるとそこへ吸収されるが、倒れている隊員たちの上には降り積もる。ふたりを発見するのは意外とたやすかった。
だが、ふたりがもはや回復魔法では治せない絶命状態であることも、ひと目で分かってしまう。念のためロモンとラグネがかけてみたが、やはり砕かれた脳みそは元に戻らなかった。
コロコがしょげ返る。
「そんな……! こんなところで、こんな光の当たらない場所で死ぬなんて……! あんまりよ……」
鼻をすすり上げたのは、単にこの階が低温だからというだけではなかった。
ダンジョンやタワーで死したものは、そのまま置いていくのがならわしである。近衛隊員の美女ラペンと、冒険者の戦士であるラックリーとは、ここで死別となった。
オゾーンが泣きじゃくって師匠のジェノサの腕にしがみつく。
「ラペン……。もう話しあったり、笑いあったりできないんだね……」
近衛隊副隊長トナットは、隊員たちがひとりひとり惜別の辞を捧げるのをやめさせて、とにかく次の階を目指そうとうながした。それも至極当然の判断である。このままのんびりしていては、全員凍死は免れないからだ。
 




