0243ワールド・タワー18(2173字)
カオカもラグネも、体重をあずけて壁が割れたら大変だと、いったん離れた。そのうえで、カオカは『マジック・ミサイル』で破壊できないかどうか尋ねてくる。
「うまくいけばここから出られるぞ。壁に穴があいたら、後は羽を持つお前、ザオター、タリアの3人が、交代交代でメンバーを地上へ運んでくれればいい」
「それは無理です」
「なぜだ?」
ラグネは自分も含めた3人の羽は、低空飛行しかできないと答えた。何となく申し訳なくなる。
「ですから、降りることはできても、そこからこの階まで戻ってくることができません」
「そうか……残念だ」
「でも、試しに光の矢を打ち込んでみましょう。壊れるかどうか一応確認するために……」
ラグネは光球を出現させた。透明な壁に『マジック・ミサイル』を一発だけ叩きつける。カオカは、撃たれた跡さえ残らない壁の頑強さに舌を巻いた。
「やはり、上に向かうしかないか」
「ですね」
陽光が山の稜線に沈んでいく。部屋は急激に暗く、涼しくなっていった。
ラグネはカオカの指示で、10階の食堂で待機している18名を呼びに行く。全員が11階に集まった。そして、透明な壁の向こうに広がる闇夜へ、それぞれが感慨にふける。
「じゃあ、次も僕とカオカさんが最初に上がります」
まだ緩やかに熱が残るなか、ラグネは12階への水晶体へ、カオカを抱えて飛び込んだ。
「ここは……?」
12階でまず視界を不意打ちしてきたのは、フロアのほとんどを埋め尽くす畑だった。そこを耕しているのは人間もしくは犬頭だ。
天井すれすれに浮かぶ光球が、じりじりと肌を焼いてくる。あれが太陽代わりらしい。3階のルガンの庭園にあったそれと同様、半分は塞がれていた。あれがゆっくり回転し、この階に昼夜をもたらしているのだ。
何にしてもここは言うなれば『畑の階』だった。
「すみません、何用でしょうか?」
犬頭の魔物が農作業を中断し、剣を腰に佩いて近づいてくる。近衛隊長カオカは憤懣やる方なしといった具合で、彼をなじった。
「人間を奴隷にして働かせているのか?」
ラグネも内心そのように観察している。犬頭たちが人間たちを脅し、無理やり使役しているのだ、と。
だが、魔物の回答はそれを否定するものだった。
「まさか。この農場はみなで自主的に作ったものです。人間たちも、わたくしのような犬頭たちも、全員仲良しですよ」
無形のトンカチで頭を殴られた気がする。人間なら誰しもどんどん上にのぼって、この塔から地上へ戻る方法を探すのが普通だ。そんな先入観がぶっ壊された感じだった。
「僕らは上の階へのクリスタルさえ使わせていただけたら、それでいいんです。お邪魔はしません」
犬頭は破顔する。
「そうでしたか。それならどうぞ、ご自由に」
カオカは引き返し、20人全員を畑の階に集めた。
「よし、誰も欠けてないな。では13階へ進むとしようか」
「ちょっと待った。あんたに話がある」
単独冒険者で戦士のキュービィーだった。水色の短髪で、緑色の瞳。笑うということがなく、常にしかめっ面をしている。革の鎧に長剣で武装していた。
「なぜここの人間たちは、ああまで一生懸命働いているんだ?」
カオカは目をしばたたいた。
「この塔に閉じ込められて、上ったり下りたりする気力を失ったからだ――俺たちとは違ってな。下手に動いて死ぬより、ここで作物を栽培して働いて生きることを選んだそうだ」
キュービィーはすぐ近くにいた農夫へ尋ねる。
「本当か? それでいいのか? 一生地上に戻れないぞ」
農夫は頑としてうなずいた。何ならキュービィーの質問を迷惑そうに思っているそぶりだ。
「そうか……」
近衛隊副隊長のトナットが噴き出した。
「まさか、お前もここで働きたいとか言うんじゃなかろうな」
「……そのつもりだ」
彼を除く全員が驚愕する。キュービィーは身を起こすと、「ここの代表を寄越してくれ」と大声を上げた。するとさっきの犬頭がやってくる。
「あの、この階にまだ何か?」
「そうじゃない。俺もお前らと一緒に農業をしたいというだけだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
ラグネは思わずキュービィーの説得に乗り出した。
「待ってくださいキュービィーさん! それでいいんですか!? せっかくここまで上ってきたのに――せっかくみんなで地上へ戻る方法を探していたのに――それをこんなところで、中途半端に手放すんですか?」
「よせ、ラグネ」
キュービィーはラグネの上腕を軽く叩く。
「このまま上っていって地上に戻れるか心もとないし、いい加減戦いには飽きた。それならここで厳しいながらも安定した暮らしを、俺は望む」
冒険者で盗賊のコラーデが白い歯を見せた。
「まあこの塔で何をどうしようが個人の選択だからさ。後で後悔しても知らないよ? キシシ」
「無論だ」
近衛隊長カオカが背中を向ける。
「みんな、先へ行こう。キュービィー、さらばだ」
「ああ」
こうしてキュービィーは12階に残るのだった。
カオカとラグネが先行して13階に入る。おそろしく寒かった。足元にすぐ硬い感触が――床があったので、ラグネは羽を閉じて光球を出す。その間、体にいちいち当たってきていた冷たい塊の正体が分かった。
「雪だ」
光を出したことで、視界が漂白されそうなほどの雪が、猛然と吹雪いているのが分かる。奇妙なことに、この雪は降り積もることなく床に落ちると消滅した。足元は凍っておらず、歩行自体は可能のようだ。




